第93話「スウェット」
「高校前から西回りで、北町、西町、寿町、東町、南町、ほんで営業所やな」
「東回りだと、光町、橘町、桜町、浜町、港町だよ」
「山手新道との交差点にあるのんが、西町と橘町」
「私鉄線路付近にあるのが、寿町と桜町」
「それで、国道との交差点に、東町と浜町があるんやな」
「利用状況調査票を、僕たちで作ることになるとはね」
「全部、あの無責任男のせいやないか。『僕は自動車通勤やから、停留所名は分からん』とか、いけしゃあしゃあとぬかしよってからに」
「調べれば、すぐに分かることなのにね」
「あとは、徒歩の欄を作ったら、ええんかな?」
「そうだね。少数派だけど、副長くんみたいに、徒歩で通う生徒も居るからねぇ」
「よし。こんなもんで、ええやろう」
「やっと終わったね。お疲れさま、東野くん」
「お疲れ、冬彦」
「ずいぶんと力を込めたんだね。手の平が汗ばんでるよ?」
「これは、いつものことや。夏になると、もっと酷うなるんやけどな」
「手が温かいんだね、東野くん」
「そういう冬彦は、もうすぐ夏本番に近付こうっていうのに、えらく冷たい手をしてるんやな」
「手だけじゃなくて、足もそうなんだ。身体の末端が冷えやすい体質でね」
「真夏には、重宝しそうやな」
「東野くんは、真冬に助かりそうだね」
「まぁ、手袋は要らんな」
「冬場は、外した防寒具を、どこにしまうか悩むんだよねぇ」
「いつもの肩掛け鞄の、蓋ポケットに入れといたら、ええんと違うか?」
「そこは、まちが無いから、厚みのあるものは入れたくないんだよ」
「そうなんや」
「だからといって、あまり大きな鞄だと、車内で迷惑になるし」
「せやなぁ。バスの中での荷物は、通路の邪魔になるもんなぁ」
「リュックにしても、肩掛け鞄にしても、手提げ鞄にしても、置き場に困るんだよね」
「部活をやってる生徒よりは、幾分にマシやけどな。テニス部の大きなリュックとか、野球部やサッカー部の、エナメルバッグとか」
「吹奏楽のユーフォニウムとかね。部室に置いておけないのかなぁ」
「難しいんと違うか? 毎年、少なからず盗難被害があるみたいやし」
「ミレ、ミファ、ラーソー」
「副長くんだ」
「何で、どこぞの健康ランドのシーエム・ソングなんや、中之島?」
「気づきましたか、会長。こんにちは、会計さん」
「そのボールは?」
「幼稚園児や、小学校の低学年で、ドッヂボールとかに使うようなタイプやな」
「今日は、梅雨明け前にしては珍しく、雲ひとつない晴れ間が広がってますよ。御影さんからもらったこれでバレーボールをして、青春の爽やかな汗を、思いっきり流そうではありませんか。さぁ、こんな書類だらけで、埃っぽい部屋から、飛び出すのです」
「たしかに、健康には良さそうだね」
「ほんなら、外に行こうか。職員室に、これを届けてからな」
「先に、隊長と樟葉と待ってますよ。グラウンドの、砂場近辺で遊んでますからね」
「……向こうから走ってきた所為かもしれないけど」
「額の汗が、尋常やなかったな」




