第92話「原点より左から」
「アヒルのようで、アヒルでない。いたちのようで、いたちでない」
「それは何やと、訊ねたら?」
「カモノハシ、カモノハシ」
「豊竹屋やね、それ」
「中之島レポート、リベンジですよ、会長、書記さん」
「一体、俺らの何を取材する気なんや?」
「もう、いろいろと知ってるやないの」
「今回のテーマは、ファースト・インプレッションです。お二人の、初対面での第一印象を、お聞かせ願いたく存じまする」
「第一印象って言うてもなぁ」
「初めて会うたんは、保育所らしいんやけど、覚えてへんのよねぇ」
「それならば、お互いの、一番古い記憶で構いません」
「それやったら、幼稚園の時やろうか。根暗そうな、湿っぽい奴やと思うとったんや」
「うちも、幼稚園の時やね。乱暴そうな、怖い人やなぁって思うとったんよ」
「ほう、ほう。そんなお二人が、どうして仲良うなったんです?」
「きっかけは、宿泊保育やろうなぁ。覚えてるか、西園寺?」
「忘れる訳、あらへんやないの。川遊びで、足を滑らして、溺れかけたことがあったんやけどね」
「そこに会長が現れて、引っ張りあげたと?」
「幼稚園児に、そんなことが出来るかいな。数人が、西園寺を囲んで、何やら、おろおろしてるのんに気ぃついたから、ひとっ走りして、先生を呼びに行ったんや」
「ちょっと、離れたところまで行ってしもうてたから、危ないところやったんよ」
「知られざる、感動秘話があったんですね」
「でも、そのあとに、西園寺は」
「それは、言わせへんよ、春樹くん」
「書記さんと何があったんです、会長?」
「言うたら、その倍以上に、俺の恥ずかしいエピソードを暴露されそうやから、やめとくわ」
「気になるところですが、今回は、ここまで。以上、会長と書記さんのファースト・インプレッションでした。また、次回をお楽しみに」
「さて、さて、さてさて、さてさて。さては、文金高島田」
「嫁いで、どないするんよ、副長」
「ナイス突っ込みですよ、隊長。ところで、今週の土曜日って、何曜日でしたっけ?」
「さぁ。水曜日なんじゃないかなぁ」
「おっ。良いですよ、会計さん。ここで、中之島レポート、リターンズ」
「日曜の朝にやってる、戦隊ヒーローみたいなポーズやね、副長」
「ヘルメットやベルトに、アールとでも書いてあるのかな?」
「今回のは、ファースト・インプレッションをテーマに、独自に取材をしているのですよ。さぁ、初対面での第一印象を、包み隠さず、お聞かせください」
「分かったから、マイクもどきのバトンを、こっちに押し付けんといて」
「バトンなんて、どこで手に入れたのさ?」
「さぁ、さぁ。いつ、どこで、どうして出会ったんですか?」
「最初に会うたんは、小学校の時やね。四年生の始めに、あたしのクラスに、冬彦くんが転入してきたんよ。シャツに、ネクタイまでしとったから、印象に残ってるわ」
「前の学校は、公立でも制服だったんだ。それに、初めて会う訳だから、失礼の無いようにって考えもあってね」
「会計さんは、たとえ私服でも、ティーシャツみたいに、襟のない服は着ませんよね?」
「あと、デニムも、あんまり穿かへんよね。小学校の時から、そうやってんけど、何で?」
「襟がないと、どこか落ち着かないし、ボトムスには、折り目が無いとね」
「なるほどですね。それでは、お互いに、好印象やったんですか?」
「それが、そうでもないのんよ。会うてから、しばらくは、他人の顔色を気にしてばっかりで、ナヨナヨしとって、どこか、いけ好かへんなぁって思うてたんよ」
「今だから言うけどさ。南方さんは、ガサツな乱暴者だと思ってたんだ」
「……強ち、会計さんの見立ては、今も外れてへんような」
「何やって、副長?」
「何でもないですよ、隊長。ゴッホン。それで、いつ、どないして仲良うなったんですか?」
「多分、きっかけは、その年の秋にあった、地域学習やね」
「二人一組でフィールド・ワークをすることになったんだけど、帰りに迷子になったんだ」
「それから、それから?」
「日も暮れるなかで、途方にくれかけてんけど、冬彦くんが、カフェで培ったコミュニケーション力で、近くの大人の人に聞き込んでくれたおかげで、無事に集合場所に辿り着いたんよ」
「そこで、僕までパニックになったら、事態が悪化すると思ったからね」
「お二人に、そんな出来事があったとは、驚きですね。以上、隊長と会計さんのファースト・インプレッションでした。それでは、一旦、カメラをスタジオにお返しします」