第91話「コープさん」
「五倍、五倍、ポ、イ、ン、ト、五倍」
「それを歌うのは、やめてくれ、青衣。耳について仕様がない」
「はぁい。今日は、何を買うのん、お兄ちゃん?」
「今日は、豆腐と、キャベツと、人参と、それからやなぁ」
「あ、夏海お姉ちゃんや」
「春樹、青衣ちゃん」
「お、南方か。朱雀くんと、買い物か?」
「荷物持ちという、不本意極まりない役目を、担わされてしまったのだ」
「朱雀くん、目ばちこなん?」
「ちゃうねん、青衣ちゃん。あたしには、よぅ、わからへんけど、左眼に眼帯をせぇへんと、落ちつかへんって言うもんやから」
「見えにくうないんか、朱雀くん?」
「我が左眼に封印されしレッドアイドラゴンが、この頃、印行を解こうと疼くものでな。その抑止力を得るためであれば、距離感や立体感を犠牲にしても、代償としては安いものだ」
「ドラゴンが逃げたら、大変やもんね。――お豆腐、こっちでええのん?」
「作り話やで、青衣ちゃん。――こっちのほうが、日付が新しいで」
「誰も、本気にしてへんって。いつもの、朱雀くんの空想劇なんやろう? ――新しいほうを貰うわ。それは戻してな、青衣」
「絵空事だと、余裕で居られるのも、今のうちだ。――牛乳は、何本だ?」
「玉子が、何とか特別で、いつもの半額やって、お兄ちゃん」
「ご愛顧特別価格やね。まだ冷蔵庫にあるやろうけど、一つ、買うとこう」
「メモには三パックって書いてあるんやけど、一人一パック限りか」
「それならば、こちらで、一パック買えば良い話ではないか」
「そうしてもらおうか、お兄ちゃん?」
「あたしは、構わへんよ、春樹」
「ほんなら、そうしてもらえるか? あとで、精算するわ」
「それには及ばない。引き換えに、入店前に諦めた、あの問題が解決してもらえれば、それで良いではないか?」
「問題って何なん?」
「入り口の近くに、トイレットペーパーが積んであったのんを見たと思うんやけど、あれも、一人一袋限りなんよ。せやけど、出来れば三つ以上、買うておきたくて」
「それやったら、こっちで一つ買うたるわ」
「ご協力、感謝いたす」
「こちらこそ」
「おおきに、春樹」
「それほどでも。ほんなら、青衣。持ってきてくれるか?」
「はぁい」