第89話「反面、教師」
「まったく、面倒くさいやら、腹立たしいやら。あれっ。ライターは、どこへやったか」
「使うか、委員長?」
「おおきにって、どわっ。どっから湧いてきたんや?」
「他人を、ボウフラか幽霊みたいに言うもんやないで。駐車場から、この校舎で、煙が立ってるのが見えてな」
「意外と鋭いんですね、大石先生」
「阿呆と煙は、高いところにのぼりたがるって言うからな。授業は、どないしたんや?」
「これが、サボり以外の何かに見えますか? そういう先生は、空き時間なんですか?」
「文系の三年は、昨年度いっぱいで、あらかたのことを教えとるから、前に立って解説する必要はないんや。自習課題も、出してあるし」
「気ままでええよなぁ、先生は」
「そうでもないんやで、これが。火ぃ貸すから、一本貰えへんやろうか?」
「ええですよ。でも、先生。こういう時は、普通は、箱ごと取り上げて、説教の一つでもするものと違います?」
「そうして欲しいんやったら、そうすることもできるで? 僕は、気が進まんけどなぁ」
「どっちもメリットがないから、やめませんか?」
「そうやな。ふぅー」
「でも、先生?」
「何や?」
「今の、この状況。ミイラ取りがミイラになってるようにしか、思えないんですけどねぇ」
「それは、第三者から見た時の話やろう? ここには今、二人しか居らんねんから、気にせんでええやないか」
「詭弁じみてますね」
「詭弁でも、海苔弁でも構わへん。好きに消化したらええ。今回は、犯行初認知やから、見逃すけれども、次、見掛けたら、杭瀬先生に報告するで。煙草は、ほどほどで止めときや。せやないと、僕みたいな大人になるからな」
「それは、困りますね」
「そうやろう、そうやろう。こうなったら、おしまいやで。ほな、僕は職員室に戻るし、自分も、落ち着いたら三組に戻りや」
「……無意識でやってるのんか、分かって演じてるのんかは知らんけど、それほど無責任ではないかもしれへんな。掴みどころがない分、油断できへん。校内で吸うのは、控えるか」