第88話「頃合いをはかる」
「瑠璃ちゃん」
「よぅ、華梨那」
「今日は一日中、雨やね」
「ほんまに、憂鬱になるわ。今日みたいに雨が降ると、寝癖で髪がはねてしもうて、出掛けるまで、洗面所でドライヤーと格闘せなあかんもんなぁ」
「うちも、癖っ毛やから、朝は大変なんよねぇ。右が、ちょうどええ感じになったと思うたら、左が波立ったりして」
「わかるわぁ、それ」
「よっこい、しょういちっと」
「あっ、用務員のおっちゃんや」
「こんにちは、塚口さん」
「おぅ、お二人さん。さぁて。こんなもんで、ええかなぁ」
「何をしてはるんですか?」
「メダカが、いっぱいや」
「事務室前の水槽の、水の入れ換えや。あと、メダカが増えすぎたから、適当に分けとる」
「仲間が減って、寂しがったりせぇへんの?」
「でも、あんまり多いと、棲みにくいんと違う?」
「そこが、塩梅に悩むところやねん。混み合うとると、どうしても、泳いでる時にぶつかってしもうて、喧嘩になってしまうし、さりとて、あんまりがらんとしてるのも、可哀想やしな」
「分けた片方は、水槽に戻しはるとして、もう一つのほうは、どないしはるんです?」
「どこか、他の場所で飼うてはるんですか?」
「違う、違う。楠川に持って行って、放してるんや。市のほうで、楠川を、子供が泳げるぐらいにきれいにしようって、取り組みがあるんやけど、その一環なんや」
「へぇ、知らへんかったわぁ。知ってた、華梨那?」
「うぅん、知らんかった。メダカが泳げるぐらいには、綺麗なんやねぇ」
「高度成長期に比べたら、格段に綺麗になっとる」
「そう言うたら、昔は、楠浜で水泳の授業をやっとったって、地域のお年寄りから聞いたことがあるわ」
「それは、聞いたことがあるわ」
「昭和初期までは、遊泳が禁止されてへんかったそうや」
「何で、川の水が汚れてしもうたんやったっけ?」
「市の人口が急激に増えて、生活排水の整備が追いつかへんかったんやなかったかなぁ」
「そう、そう。楠木市は、戦後に都市開発と宅地化が進んで、それまでは水田やったところに、雨後の筍のように建物が建ったもんやから、公共設備の整備が間に合わへんかったんや。上下水道の整備より、治安の維持のほうが、重要視されとったしな」
「あんまり狭いところに、たくさんが集まってると」
「揉め事が起きるし、濁ってくるんやね」




