第83話「楽観」
「何を読んでるのん、夏海ちゃん?」
「二、三十年前に流行した漫画。文庫版が出てたから、買うてみたんよ」
「少女漫画か。画風が古いな」
「昭和を感じるね」
「ヒロインが、転校初日に遅刻するところから始まるんよね」
「何で、目覚ましを、そんなぎりぎりにセットしてるんやろう?」
「スヌーズやないんか?」
「ベルが鳴るタイプだよ。そんな便利な機能が付いてるとは、考えにくいけどなぁ」
「遅刻しそうになったからって、何で、トーストを咥えて走るやろうね?」
「あたしは、実際にやったことあるんやけどね」
「行儀の悪いこっちゃ」
「僕は、遅れそうになったら、シャワーだけ浴びて、朝食は摂らないかな。あ、でも。玄介さんと暮らすようになってからは、卵焼きだけは食べていくように言われるようになったなぁ」
「うちは、彪子伯母さんに、御御御付だけでも飲んで行きって、言われるわぁ」
「春樹かって、塩おにぎりを頬張りながら、坂を登ってたことがあったやん」
「あの日は、夜中遅うに青衣に起こされたから、もういっぺん寝たあと、起きられへんかったんや」
「面倒見が良いよね」
「何やかんや言うても、最後には手を貸すんよね、春樹くんは」
「春樹、優しい」
「やめい。無性に恥ずかしぃなってくるやないか」
「それにしても、目に星がいっぱいだね、このヒロイン」
「隣の席になった男の子が、朝に曲がり角でぶつかった、嫌味な子なんやね」
「最後には、この二人が結ばれるんと違うかなぁ」
「読んだ先に待っとる結論がわかりきっとって、面白いんか?」
「そこに行き着くまでのプロセスが、面白いんだよ」
「そうなんよねぇ」
「現実にあったら、こうはいかへんとは分かってるから、余計にね」
「少年漫画でも、ありえへんことが多いけどな」
「主人公が、強すぎるよね」
「敵も、隙が多すぎるわ」
「自分が、いかに強いかということを、戦う前に長々とアピールをしときながら、主人公に負けたあとに『この俺を倒したぐらいで、勝ったと思うなよ』とか言うんよね」
「ほんで、四天王やら、三賢人やらが待ち構えてるとかいう、長口舌を振るうんやんな」
「そうそう」
「途中で、主人公を裏切る仲間が居って、最後に、戦わなあかんところまで拗れるんよね」
「死闘を繰り広げて、すれすれで勝った主人公が『お前に、この最終奥義を向ける日がくるとはな』とか何とか言うたあと、世の中が悪いみたいな独白を始めるんよね」
「まぁ、深く考えんと、気楽に読めばええんやけどな」
「漫ろな画、と書くぐらいだからね」
「裏に込められたメッセージを読み解こうとし過ぎると」
「楽しまれへんもんね」
「たとえ、辻褄が合うてなくても」
「フィクションだからねぇ」




