第79話「春を思う期間」
「切れ」
「嫌や。まだ、切りたくない」
「前髪が、目に掛かってるやないか。不衛生やから、切りに行けって」
「こうやって、留めといたら、問題ないもん」
「そんな雑な留め方で、ええ訳ないやろうが」
「ええのんよ。こういうのが、はやってるんやから」
「流行かどうか知らんけど、見てて鬱陶しいって言うてるんや。切れ」
「なぁ、西園寺。女子は、どれくらいで、髪を切るんや?」
「そうやねぇ。人それぞれやろうけど、うちは、三ヵ月にいっぺんぐらいやね」
「あ、いや。頻度やなくて、長さの話なんや」
「そっち? それこそ、人によるわ。青衣ちゃんに聞かれたん?」
「青衣が、いつまで経っても、髪を切りに行かへんもんやからな」
「伸ばしてみたいんやろうか? 同級生に、長い髪の居るのんかもしれへんなぁ」
「せやけど、そんな、顰に倣うようなこと、止めさせへんと」
「あんまり、こういうこと言うたら何やけど、青衣ちゃんに、ロングヘアは似合わへんからね」
「第一、不潔やからな」
「それは、言うたらあかんよ」
「えっ。不衛生やから切れって、言うたんやけど」
「あらら。そら、言うこと聞かへん訳やわ。ここは、うちが執り成してあげても、ええんやけど?」
「おおきに。ん? その手は何や?」
「朝のバスで、アルバイト代が入ったって、言うてたやん。千円で、手を打つわ」
「他人の足元を見よって」
「声変わりって、いつぐらいなんやろう?」
「朱雀くんの話?」
「そうなんよ、秋ちゃん。もう、高い声は出ぇへんらしいねん」
「そうやね。春樹くんも、中学のあいだに、すっかり声が低うなったもんね」
「冬彦くんは、あんまり変わったような印象がないんよね」
「元が、低いめの声やったんと違う? 春樹くんは、元が高いめの声やったから」
「あの、春樹が?」
「そうよ。あぁ、そうや。五年生の時の、学芸会の映像があるねん。彪子伯母さんが撮ったものやねんけどね。帰りに、観て帰りよ」
「小学生の春樹か」
「フフフ。くれぐれも、春樹くんには内緒よ」
『もう、おかあちゃん、パートに行かなあかんのに、あんたって子は』
「おかん役やね、春樹。エプロンして、パーマの鬘まで被って」
「まだ、背が伸びる前やから、ちょうどええんよ」
『そんな、テレビばっかり見て、マンガばっかり読んどったら、頭、パーになるよ。それより、早う支度して、散髪に行っておいで。そんな、ざんばらざんな髪型してからに』
「声質は、春樹くんのお母さんに、よぅ似てるよ」
「そうなんや。あたしは、会うたことないから」
『ええから、こっちおいでって。もう、この子は、どうして、こうなんやろう。ちょいと、お父ちゃん。まぁ、お父ちゃん、何してるんよ?』
「ははは。お父ちゃん、お母ちゃんが子供に言うたこと、自分に言われたと勘違いしてたんや」
「これが、落ちなんよ。あとは、全員出てきて、お辞儀するだけやから、止めるよ。参考になった?」
「なった、なった。なったけど、明日、春樹に会うた時に、思い出し笑いしてしまうかもしれへんわ」
「フフフ」