第77話「門前の小僧」
「身近なことに目を向けて調べなさい、って言われてもなぁ」
「何を調べたら、ええんやら」
「ここに居たんだね、南方さん、東野くん」
「二人で、調べ物してるん?」
「そうやねん、秋ちゃん。今月から古狸に代わって、てっきり、調べ学習は終わったもんやとばかり、思うてたんやけど」
「鉄の女が、きっちり引き継いどったみたいでな」
「理系だけの課題では、なかったんだ」
「一組も、そうなんや。毎週、毎週、考える身にもなって欲しいわねぇ」
「ほんまに、そうやわ」
「この課題、数人で組んでもええみたいやし、一緒に片付けへんか?」
「良いよ。そのほうが、早く済みそうだね」
「一人で済ますより、モチベーションが上がるわ」
「モチベーション?」
「日本語なら、動機付けとか、やる気という意味やな」
「インセンティブとは違うのかな?」
「それは、モチベーションを引き出すための、誘引と違うかったかな?」
「そうなんや。一緒かと思うてたわ。そういうたら、会話の中で、やたらとカタカナ語を振り回す人って、居らへん?」
「居る、居る。そういう人って、言葉の本来の意味を、分かってへんまま、何とはなしに使うてるのと違うかなぁ」
「ちょうど良い機会だから、調べてみようか。僕が、検索するよ」
「面白そうやね」
「まずは、あたしから。エビデンスって何?」
「言った言わないの証拠」
「要するに、言質のことやな。アサインは何や?」
「割り当てるとか、任命するという意味だね」
「ローンチは?」
「立ち上げる。ローンチキットっていう形でも使うみたい」
「スキームは?」
「計画とか、枠組みのこと」
「ペンディングって、何することなんや?」
「保留すること」
「ソリューションは?」
「解決策、もしくは、解決すること」
「コンバーションのほうは?」
「転換」
「アライアンス」
「提携先」
「リソース」
「資源とか、目標を達成するのに役立ったり、必要となったりする要素のこと」
「おやおや。意識の高い会話が聞こえてきますね」
「中之島か」
「中之島くんも、調べ物なん?」
「いやいや。本を返しに来ただけですよ」
「副長、プライオリティは?」
「優先順位とか、先取権のことですな」
「中之島、コンプライアンス」
「承諾、追従。あるいは、狭義で法令順守や服薬順守という意味もあったんと違うかなぁ」
「すらすらと説明できるんだね」
「詳しいわね、中之島くん」
「一つ屋根の下に、そういう言葉を振り回す人間がいるもので。それでは」




