第75話「レトロ」
「今週末は、三連休やな、冬彦」
「二十九日が、祝日だからね、東野くん」
「みどりの日やったっけ、秋ちゃん?」
「違う、違う。昭和の日よ、夏海ちゃん」
「平成生まれの俺らにしてみたら、昭和と言われてもなぁ」
「いまひとつ、ピンとこないよね」
「昭和のコントって、結構、ベタなことない?」
「今では、見掛けへんものや、やらへんしぐさが多いのは、たしかやね」
「水銀の体温計を、口に咥えて熱を測ったり」
「あと、氷嚢で頭を冷やしたり、布団に、やたらと継ぎが当たっていたりするんだよね」
「ぐでんぐでん酔うたおっちゃんが、ネクタイを鉢巻みたいにして、折り詰めをぶらぶらさせながら、千鳥足で歩いたり」
「ダイヤル式の電話が、索引付きの電話帳と一緒に、廊下に置いてあったり」
「おっちゃんは、そのまま木の電柱にぶつかって、頭下げるたり、文句を言うたりするんやんな」
「盛り蕎麦や丼物を積み重ねて、自転車で配達する出前屋とかも、本物は見たこと無いね」
「羽織袴で、芸者を連れて歩く道楽者とか、ほんまに居ったんやろうか?」
「改札で切符を切る駅員さんや、路線バスの車掌さんも、会うたことないわ」
「駅前には、伝言用の黒板がおいてあったんやんな、たしか。定番の悪戯も、含まれるやろうな。砂場に、落とし穴を掘ってみたり」
「引き戸に、黒板消しを挟んでおいたり」
「廊下で、ターゲットの進行先に、バナナの皮を投げたり」
「机で寝てる子に、サインペンで額に落書きしたりね」
「毎週土曜日に授業があったっていうのも、信じられへんな。あとは、映りの悪いブラウン管テレビを、叩いて直したり」
「ラジオペンチで、チャンネルを回したり」
「タバコ屋で十円玉をぎょうさん用意して、公衆電話で話し込んだり」
「お風呂屋さんで、ビンに入った牛乳を飲んだりね。キャップをあける、専用の道具があるのよね」
「この冬に銭湯に行ったときは、自動販売機しかなかったからな。そうやなぁ。年配の人の話を聞いとったら、たまに、意味がわからへん言葉があるよな?」
「僕たちが普段使っているのとは、違う言葉遣いをされるよね」
「アベック、パーマ屋、レコード店」
「ちゃんちゃんこ、衣紋掛け、ランニングシャツ」
「メリケン粉、ビフテキ、割烹着」
「ちり紙、ズック、背広」
「昔に生まれたかった、とは言わへんけど」
「一度ぐらいは、体験してみたかったわぁ」
「ほんまにな」
「そうだよね」