第74話「山と谷」
「うぅむ」
「どないしたんや、冬彦。そないに、眉をひそめて。悩みごとか?」
「違うわよ、玄介さん。いつもの頭痛よ。ね?」
「うん」
「しんどいこと、あらへんか? 何やったら、学校を休んでもええんやで?」
「心配しすぎよ、玄介さん。まぁ、バスに乗るのがきつそうなら、送ってあげるけど、どうかしら?」
「お願いするよ、母さん」
「それじゃあ、車を出して来るわね」
「お早う、華梨那ちゃん」
「あぁ、秋さん。お早うございます」
「どうかしたのん? 元気があらへんやん」
「大したことと違うんですけど、聞いて貰うてもええですか?」
「ええわよ。何かあったんやね?」
「えぇ。職員室に、日誌を取りに行く途中に、冬彦さんを見かけたんで、声を掛けたんです。『冬彦さん、お早うございます』って。そしたら、冬彦さん、低い声で『あぁ』とだけ言わはってね。そのまま、教室に向かいはったんよ」
「急いでたのと違う?」
「何ぞ、用事でもあるのんやろうかって思うて、悪いなぁとは思いながらも、気になるから、あとをつけていったんやけど」
「これというて、理由になりそうなことが、全然あらへんかったんやね?」
「そうなんよ。そうやから、何か機嫌を損ねるようなことを、してしもうたんと違うかと思うて」
「今、言うたようなことがあったんよ、夏海ちゃん」
「そういうたら、今日は朝から、冬彦くんに会うてへんかったなぁ」
「何か、夏海ちゃんのほうで、心当たりはあらへん?」
「多分、この天気が、原因なんと違うかなぁ」
「今日は、曇り空やけど。それが、北条くんの不機嫌と、何の関係があるのんよ?」
「冬彦くんも、ナイーブで、デリケートやから」
「空模様で心理状況が変わるほど、感傷に浸るタイプとは違うと思うんやけど?」
「そんな、センチメートルとは違うんよ、秋ちゃん」
「センチメンタルよ、夏海ちゃん」
「そうやね。とにかく。冬彦くんは、気圧が急に変わると、ひどい頭痛になる体質なんや。きっと、帰る頃には、雨が降り出すんと違うかなぁ」
「困った体質やね」
「天気が分かるから、便利やけどね」
「肩とか、鞄とか、濡れそうになったら言ってね、華梨那さん」
「分かりました。でも、あんまりこっちに傘を向けると、冬彦さんのほうが濡れはるんと違いますか?」
「僕は、少しぐらい濡れても、気にしないから。それは、そうと。朝は、悪かったね」
「とんでもない。冬彦さんが頭痛持ちやって知らへんかった、こっちがあかんのです」
「ここのところ、大きな天気の崩れが無かったから、油断してた。事前に言っておくべきだったね」
「ひゅう、ひゅう。お熱いこってすなぁ、お二人さん」
「あら、この前の」
「知り合いかい?」
「一年一組の樟葉礼多っす、会計さん。以後、お見知りおきを。お噂は、かねがね、中之島先輩から」
「副長くんの後輩って、君のことだったんだね」
「そうっす。あっ、バスが来た」
「本当だ。急ごうか、華梨那さん」
「えぇ、急ぎましょう」