第71話「一閃の光」
「ほんなら、また、連絡するね。さいなら」
「誰と話してたんや?」
「ふふん。別にぃ」
「別に、か。まぁ、誰でもええけど、あんまり長電話するな」
「だって、お兄ちゃん。話を全然、聞いてくれへんやん」
「そんなこと無いやろう?」
「そんなことあるって。話しとったら、すぐに、『それで、何が言いたいんや』って、聞いてくるやん」
「それは、青衣がやな、話の順番をぐちゃぐちゃにして、まくし立てるからやないか。一度に脈略無く聞かされる側の立場を、少しは考えてみぃ」
「これでも、考えて話してるんやから、我慢して聞くのんが。ひゃあ。雷さんや」
「久々に聞くと、驚くなぁ。結構、近くに落ちたんやな」
「ねぇ、お兄ちゃん。雷さんが家に落ちたら、家が燃えたりせぇへん?」
「余程のことが無い限り、燃えたりせぇへんから、安心しぃ」
「きゃっ、またや」
「稲妻が見えてから、雷鳴が轟くまで、大体、五秒か」
「雷が光ってから、音が鳴るまで、何でズレがあるん?」
「音が空気の中を伝わる速さと、光のそれとに、大きな差があるんや。光は、一瞬で地球を何周もするほどの距離を進むんやけど、音は、それよりずっと遅いんや。音速は、摂氏二十度として、えっと。およそ、三百四十四メートルやな」
「それ、何?」
「これは、関数電卓や。まぁ、今の計算は、普通の電卓でも十分やけどな。今の数字を五倍すると。さっきの雷は、おおよそ千七百メートル先に落ちたんやな」
「それって、どれくらい遠いのん?」
「えっと、地域マップは、っと。あった、あった。そうやなぁ。海手のほう、ずーっといったところに、ホームセンターがあるやろう?」
「この前にお父ちゃんと、バーべキューの炭を買いに行ったところ?」
「そう、そこや。大雑把に言うて、それくらいは、離れとる」
「禍禍しい空模様。フッフッフ。ハデスを召喚するには、絶好の天気だな」
「阿呆なこと言うてんと、洗濯物を取り込むのんを、手伝ってや、朱雀」
「それは、承知しかねる。この好機を逃す訳には、いかんからな」
「ハデスでも、頭痛薬でもええから、呼んでみぃや。ケルベロスに喰われてもうても、知らんで?」
「そのようなヘマを、するとでも思うのか。愚か者め」
「愚かなのんは、どっちやろうな。明日、濡れたジャージで、体育を受けたいんか、朱雀?」
「なっ。自分と親の洗濯物だけ、取り込むとは。おのれ、小悪魔が」
「早うせんと、ずぶ濡れになるで。いやっ」
「おっと。ユピテル神が、ご乱心のようだな。急いで取り込まねば」
「ハデスは、どこに行ったんよ。雷まで落ちてくるとは、嫌やなぁ」
「ハッハッハ。ますます、面白い。おや?」
「大変、停電や。懐中電灯、どこやったっけ?」
「端末で照らせば、良いではないか」
「そうや。朱雀、ライト」
「あいにく、バッテリーが切れている」
「使えへんなぁ。あれ?」
「何だ。そっちもバッテリー切れか」
「青衣ちゃんと、話し込み過ぎたわ」
「なかなか停電が復旧せぇへんね、朱雀」
「この辺り一帯は、電線がカオスを極めているからな」
「ベランダから見たら、蜘蛛の巣みたいになってるもんね」
「百物語でもするか?」
「階段で怪談、という駄洒落やったら、突き飛ばすで」
「オッホン。楠池中学には、七不思議があるのを、ご存知かな?」
「卒業生に聞くだけ、時間の無駄やと思わへんのかいな。もちろん、知っとるで。校庭の東側に並ぶ桜の樹の下には、昔、学校内で亡くなった生徒の遺体が埋められてるとか、焼却炉に閉じ込められた少年が居って、使われてへんはずやのに、時々煙突から煙が立ちのぼるとか、図書館の稀覯本の中に、呪いの書が混ざっとるとか、理科室の骨格標本は、夜中に動くとか、誰も居らへんはずやのに、音楽室からピアノの音が聞こえるとか、肖像画が睨んでくるとか、美術室の石膏像や、卒業生の絵画の中には、夜中に動いたり、キャンバスから抜け出したりするのんがあるとか、女子トイレの一番奥の個室には、少女の地縛霊が居るとか、手洗い場や廊下の鏡に、たまに少年の姿が映るとか」
「待たれよ。もう、八つ以上、列挙しているぞ?」
「つい、このあいだまで、半強制で組体操をやらされてた学校やで? どす黒い恨み辛みが、渦巻いとっても、不思議はないやん」
「精神論に、認知性不協和か。時代遅れも、甚だしいな。自分達が嫌々やらされたことを根に持って、何とか、その経験を合理化しようとしているだけではないか」
「傍迷惑な話や。あっ」
「やっと、我が家のルクスが、正常に戻ったな」
「早う、夕飯の支度をせなあかんなぁ」




