第70話「狙い撃ち」
「春分から一ヶ月近う経ったとは言うても、日が陰るのは早いもんやね、瑠璃ちゃん」
「ほんまやな、華梨那。暮れ切って、暗なってしまわへんうちに、帰らへんとな」
「お帰りのところ申し訳ないが、ちょっと付き合うてもらうで」
「委員長。ちょっと、何するんよ」
「腰巾着を二人も連れて、何の用や? 離さんかい、こら」
「他人の威厳を損ねておいて、その言い草はないんと違うか?」
「委員長のプライドは、ずたずたや」
「あたしらの所為やって言うんか? 言い掛かりも、ええとこやないの」
「瑠璃ちゃん、落ち着いて。二対三では、分が悪いわ」
「さすが、白蘭会のお嬢様は、賢くていらっしゃる。この、偽善者め」
「偽善者は、そっちやないの」
「瑠璃ちゃん。挑発に乗って、どないするんよ」
「ええ加減、大人しゅうしたほうが、身のためやぞ。さてと、忠告をしたところで、たっぷりとお礼をさせてもらおうか。ん? 今のシャッター音は」
「はい、そこまでや。ばっちり写ってるっすよ、二年三組の委員長さん、取り巻きの皆さん」
「いつの間に」
「こいつも、口止めしますか、委員長?」
「そうやな。おい、お前」
「一年一組、樟葉礼多っす。おっと。それ以上、こっちへ来はるんやったら、今さっき撮った写真を、エスエヌエスに晒すっすよ? ええんすか?」
「この野郎」
「お二人さん。しばらくの辛抱っすよ。すぐ、終わらせるっす。それじゃ、ここで一旦、童心に返ってもらうっす。じゃん。カラーゴム風船」
「風船を膨らまして、何をする気や?」
「ほんまに助ける気ぃ、あるんか? こんなに風船を散らして」
「何かの作戦かもしれへんよ、瑠璃ちゃん」
「これぐらいで、ええかな。続いて。じゃん。スケッチブック」
「風船に、スケッチブックって。頭が、おかしいんと違うか?」
「セイさん、行きますよ」
「セイさん? きゃあ」
「びっくりした」
「書いてある通りに、赤の風船を割るとは、さすが、セイさんっすね。どんどん行きますよ」
「きゃっ」
「わっ」
「おい、止めろ。止めんか。ちくしょう。どこから狙うてやがるんや。聞けって、他人の話を。おい」
「青、黄、緑、白と。全部、当たりっすね。それじゃあ、今度は、これっす」
「痛っ。痛いって。何なんや。痛た。いってぇって言うてるやろうが。こら」
「ひたい、こめかみ、人中、盆のくぼ、おとがい。全問正解っす。お楽しみは、いよいよ、佳境に入るっすよ。セイさんの腕前を、目の前で認めて貰うたところで、委員長さん?」
「何や」
「これ、セイさんに見せても、ええっすか?」
「瞳って、お前。ふざけるなや。ええ訳ないやろうが」
「それなら、取引っす。これをセイさんに見せるのを、俺が取り止める代わりに、委員長さんたちは、今後一切、二人に手荒な真似をせんと約束するんすよ。どないです?」
「他人の弱みに、付け込みよって」
「別に断っても、ええっすよ。セイさん」
「止めろ。わかった。約束するから、見せようとするな」
「物分りが良くて、助かるっす。委員長っすもんね」
「吹き矢のセイは、伊達やないっすね。腐っても鯛っす」
「ええ加減にせぇよ、ライ。今回は、部長さんたちのことが、心配やったってだけで、特別にサービスしたんやからな」
「分かってるっすよ。それにしても、吹き矢も、サングラスも、髑髏のニット帽も、みんな取ってあったんすね」
「二度と、中学の頃みたいな真似をせんように、自戒の意味を込めてな。放課後に取りに帰るこっちの身にもなれ。危うく、内田さんに見つかるところやってんからな?」
「それは、危なかったっすね。あっ、スケッチブックと風船は、さらを生徒会室に買うて戻しておくべきっすかね?」
「いや、それは構わへん。会長に、使用許可を貰うてある」
「そうっすか。それじゃ、俺は、この辺で。さいなら」
「さいなら。あぁ、そうや。分かってるとは思うが」
「他言無用っすね。了解っす」