第6話「文殊の知恵」
「悪いなぁ。俺の家では、静かに勉強できへんもんやから」
「妹さんのお友達が遊びに来てるんだよね?」
「あぁ、がやがやと姦しくやっとるよ。一応、部屋の区切りは付いてるけど、襖一枚では音がみんな筒抜けやからなぁ」
「困ったものだね。えっと、明日は数学と世界史か」
「数学は捨てるからええねん」
「担任教員の授業なのに?」
「あの無責任男が悪いねん」
「うわぁ、大石先生に責任転嫁するんだ」
「ええから、世界史を教えてくれ」
「暗記は進んでる?」
「何を覚えたらええかわからへんから、全然捗らへん」
「そんなことでは、住吉先生に怒られるよ」
「ほんまに面倒くさいなぁ。もう俺は、この国に骨を埋めるわぁ」
「だからって、世界史を勉強しなくて良い理由にはならないよ。国際理解が、この国の内情を客観視するのに役立つんだからさぁ」
「内からの視点と、外からの視点って奴か?」
「そういうこと」
「お邪魔します、先輩」
「副長くんか」
「邪魔するなら帰れ」
「ほな、さいなら。いやいや、来てすぐに帰らせんといてください」
「呼んだ覚えは無いんだけど?」
「これまた失礼」
「とにかく今、忙しいんや。試験が終わったら遊んだるから帰れ」
「遊びに来たんと違うて、助っ人に来たんですよって」
「一年生のお前が?」
「冗談にしては、出来が悪い気がするよ」
「小・中学校と国立大付属に進学し、高校では入学時から常に総合一位の成績を誇るこの中之島正に、解けない問題は無いんです」
「大風呂敷だね。あれ? でも、入学式の新入生代表の言葉は読んでないよね?」
「そうや。今年の代表は女子やった。中之島、どういうことや?」
「それは、旅行先の空港でトラブルに遭遇して、一週間ほど足止めされてしもうたから、原稿だけ送るしかなかったんです」
「道理で見覚えが無いはずや」
「その場に居なかったんだからね」
「あだしごとは、さておき。中之島正の世界史必勝講座の、はじまり、はじまり」