第59話「ボーダー」
「春樹くんって、洋食は嫌いなん?」
「そういうことはないけど、何で?」
「あんまり、食が進んでへんみたいやから」
「どうも、ホテルの食堂は、慣れへんなぁ。肩が凝って、しゃあない」
「そこまで、意識せんでもええのんよ。まだ、ランチタイムやし。それに、ここは、格式や伝統に囚われない、コンフォートスタイルが売りなんよ」
「それにしても、やな。日頃は、箸と匙で、茶碗や小鉢に盛られた料理を食べとる人間にしてみたら、寛がれへんって」
「明治時代やないんやから。ナイフとフォークに馴染んでもらわんと」
「鉄と血の匂いの漂う、動物性の欧米文化は、木と土の香り高い、植物性の日本文化とは、ずいぶんと、距離があるように思うけどなぁ」
「極端な、二元論やね」
「そうでもないやろう。家紋にしても、そうやないか」
「肉食獣がモチーフの西欧騎士と、草花がモチーフの大和武士やね。でも、春樹くん。日本家屋は嫌いなんやってね。夏海ちゃんから、聞いたんやけど」
「住み心地が悪いからな」
「矛盾してることない、春樹くん?」
「別に、俺は、がちがちの国粋主義者という訳ではないんやで」
「お客様。こちら、舌平目のムニエルでございます」
「美味しそうやね、春樹くん」
「それと。もし、よろしければ、こちらをお使いください。では、ごゆっくりどうぞ」
「これは、おおきに」
「良かったやん、春樹くん。お箸、もらえて」
「聞こえとったんやなぁ」
「細やかな気配りとサービス精神も、ここのセールスポイントなんよ」
「ここまで、至れり尽くせりやと、ムズ痒いものがあるけどな」
「給食にしても、お弁当にしても、食べ方がきれいやから、育ちはええのに、残念やわぁ」
「厳しく躾けられても、国内でしか通用せぇへんみたいやな」




