第5話「甘味」
「明日は古文やね、夏海ちゃん」
「急にお邪魔してごめんねぇ。今、あたしの家は弟の同級生が集まって、わいわいやってるもんやから」
「朱雀くんって言うたっけ? たしか中学生やったよね」
「二年生や。何や知らんけど、六芒星を書いたノートを片手に、変なことばっかりしよるよ」
「面白い弟くんやね。さて、閑話休題して勉強を始めんと」
「助動詞の活用とか、敬語表現とか、ややこしいのがいっぱいや。イノシシが『これが試験の肝や』って言うとったけど、さっぱり理解できへんかってん」
「あまり担任の先生の悪口は言いたくないけれど、野田先生は教え上手とは言われへんね」
「口角、泡を飛ばして捲くし立てる割には、要点が見えてけぇへん」
「仕方ないわ、まだ若い先生やし。どうやって教えたらええか、試行錯誤してはるんやろうなって思わんと」
「そういうもんかもしれんなぁ。これって、どういう場面なん?」
「光源氏が透垣の隙間から室内を覗いたら、若紫がお琴を一生懸命演奏していたってところよ」
「光源氏って、覗きなん?」
「当時は、こうしてこっそりと様子を伺うことが、奥床しいと考えられていたんよ」
「変なの。次に、下線部の形容詞の違いを踏まえて訳せってあるけど、何が違うん?」
「こっちは紫式部が若紫が可愛らしいって書いてるところで、こっちは若紫を見た光源氏が彼女は可愛いなぁって思うてるんよ」
「光源氏って、ええ歳なんやろ? ロリコンやん」
「今の基準で考えたら、覗き魔やし、ロリコンやし、サイコパスでもあるわなぁ」
「ええとこ無しやん」
「現代に居ったら、間違いなく性犯罪者やけど、問題を解いてる間は、そういう意識は頭の隅に追いやっとかな」
「ただいま。あぁ、しんどかった」
「お帰りなさい、彪子伯母さん」
「お邪魔してます」
「まぁまぁ、秋のお友達が来てたんや。それやったら、何か甘い物でも買うて来なあかんな。秋。いつもの和菓子屋さんへ行って来るさかい、あんじょう頼むわねぇ」
「伯母さん、気ぃ付けて」
「そんな、気を遣わんでください」
「まぁ座りよ、夏海ちゃん。彪子伯母さんは世話好きな人やから、止めても無駄になるよ?」
「そうかもしれへんけど」
「夏海ちゃん。たまには、無条件に好意に甘えてもええん違う?」
「……せやなぁ。ほんなら、少しだけな」