第49話「おやすみ」
「東野くん。中学のジャージをパジャマにするのは、どうかと思うよ」
「別に、ええやないか。寝ているところを、誰かが見る訳と違うやろう?」
「そうだけどさ。あ、はい」
「俺が出るわ。誰やろう? 今、開けます」
「おぉ。二人とも、寝る準備をしとるな。感心、感心」
「見回りですか、大石先生」
「ちょっと、確認するで。うーん、そうやなぁ」
「何してはるんですか?」
「どこかに、他の部屋の生徒が隠れてへんかと思うたんやけどな。この部屋は、そういうことは無さそうやな」
「他の部屋には、誰か居たんですか?」
「いやいや、今のところは、誰も居らん。これだけ機密性が高い部屋やと、隠れる場所があらへんからな。でも、念のために点検せぇって、うるさい人が居るもんやから」
「そういうことか」
「そういうことや。ほんなら、お邪魔さん。おやすみ」
「おやすみなさい。……先生も大変だね」
「学年主任は、鉄の女やからな。何やかんやで、逆らわれへんのやろう。はぁ。さて、寝るか」
「はぁ。そうだね。おやすみ、東野くん」
「おやすみ、冬彦」
「東野くん」
「何だ。冬彦も寝てなかったのか」
「一年の頃の話だけどさ。ほら、生徒会選挙の演説」
「あぁ。あれか。あれが、どうかしたんか?」
「理由はないけど、ふと、思い出したものだから。東野くんの演説は、凄かったなぁって」
「演説になってたかどうかは分からんけどな」
「一礼して、話し始める前に、おもむろに聴衆を眺め回したと思ったら、いきなり原稿を破いて、マイク片手に降りてくるんだもの」
「会長演説は、最後やからな。退屈そうに端末をいじってたり、寝てたりする奴が殆どやったんや。これでは、なんぼええことを言うても、耳に残らへんやろうなと思うて、直接、どういう学校にしたいか聞いて回ることにしたんや」
「その発想が、凄かった」
「おおきに。そういう冬彦かって、普通に演説せぇへんかったやん」
「まぁね。どうせ当日は誰も聞かないだろうと思ったから、前日に公約を教室の黒板の日付のすぐ横に貼って回るほうが楽だと思ったんだ」
「朝、登校した生徒が大抵、注目するからな。あれなら、時間割変更や何かと一緒に目に付くわ。当たり前やけど、校則違反では無いことを、事前に確認した上でのことなんやろう?」
「そうだよ。ちゃんと、選挙管理担当教員の許可印を貰った上で、複製したからね」
「でも、一番凄かったのは」
「西園寺さんだよね」
「噂話のもれ聞こえを、逆手にとったんやもんなぁ」
「落としのプロみたいだよね」
「もしも犯人なら、会いたくない刑事やな」
「そうだね」




