第39話「蛇行運転」
『この先、カーブが続きます。思わぬ事故や、お怪我防止のため、吊り革、手すり、座席縁などにおつかまりください』
「いつも、ここを通過する時に気になっているんだけど、どうして、道路の真ん中にある、あの大きな岩を撤去しないんだろう?」
「撤去したくても、出来へんわけがあるんよ。この辺の公立小学校に通うとった人やったら、みんな知ってる話なんやけどな」
「どんな話なの?」
「地域学習で、語り部のお婆さんから聞いた民話でな。細かいところは忘れてしもうたけど、思い出しながら話すわ。何しか『怒りの岩』ってタイトルやった」
「面白そうだね」
『次は橘町二丁目、橘町二丁目でございます。植物園へは、次の橘町二丁目のお降りが便利です』
「むかしむかし、山にどっかり腰をすえ、天に向かってそびえ立つ、大きな大きな岩がありました」
「さっきの岩だね」
「人々は、それを竜神様の岩としておそれ、大切にしてきました」
「由緒ある岩なんだ」
「大阪城の石垣を築く工事が始まったころのこと」
「ざっと、四百年あまり前だね」
「城の石垣にすれば、さぞ見事なものであろうと、村の侍たちは考えました」
「あれだけ立派な岩だものね」
「村の百姓たちは心配しました。神の宿る岩のこと。運び出せば、どんな祟りがあるやもしれんません」
『このバスは、両替方式です。釣り銭がいらないよう、ご用意を願います』
「続けて」
「侍たちに連れられた石切職人が、岩を切り出す作業にかかりました」
「いよいよだね」
「のみを打つたびに、火花が散り、岩の裂け目から白煙がふき出し始めました」
「ねぇ。これ、怖い話?」
「ここで、止めとこか?」
「でも、続きが気になるなぁ」
「恐ろしい話ではあるんやけど、続けるわね。煙は白から黄、赤、青、そして黒へと変わり、ものすごい勢いで音を立てて吹き出しました」
「大変なことになってきた」
「その熱気を浴びた職人は、手足が震えだし、苦しみ悶えながら転がり落ち、やがて息絶えてしまいました」
「かわいそうに。それで、侍たちは?」
「侍たちも、さすがに震え上がり、命からがら逃げ出しました。今でも、岩の上には、その時の鑿の痕が残っているとか。おしまい」
「何だか、職人が報われない話だね」
「士農工商の社会やったからと違う?」
「そうかなぁ。腑に落ちないけど」
『次は桜町九丁目、桜町九丁目でございます。市営総合運動場へは、次の桜町九丁目のお降りが便利です。次、止まります』
「あ、もう降りんと。じゃあね、冬彦くん」
「南方さん、また月曜日に」
「さいなら」