第36話「めれん」
「二階の冬彦たちは、こたつで鍋を囲んでいるというのに、父ちゃんは一階で、カフェの残り物とはなぁ。世知辛いこっちゃ」
「いい歳をしたおっさんおばさんが、高校生に交じって楽しんでどうするんです。気を遣わせて、迷惑がられるだけよ。子供は子供だけの方が、気楽でいいじゃない」
「俺はまだ、おっさんと呼ばれる筋合いはないし、黒江も、自分でおばさん呼ばわりせんほうがええで」
「とっくの昔に二十歳を過ぎた人間が、図々しいわよ」
「歳は関係あらへんって。いつまでも、少年少女時代の心を忘れずに、や」
「ピーターパン症候群ってご存知?」
「それはまだ、食べたことないな」
「玄介さん。さっき持ってきたジュースに、何かお酒を混ぜた?」
「お、気ぃ付いたか、冬彦。それは、スクリュードライバーと言うんやで。正真正銘、立派なカクテルの一種や」
「高校生に対して、ウォトカ飲ませる大人がありますか。ちょっと目を離した隙に、余計なことをするんだから」
「煙草を勧めないだけ、まだマシなほうやと思うがなぁ」
「比較対象が、大きく間違ってるよ、玄介さん」
「冬彦くんは、どこへ行ったんやろうねぇ、春樹」
「すっかり出来上がってるなぁ、南方」
「客人を置いて、どこかへ行くなんて、ホスピタリティが足りてへんよねぇ」
「もう飲むなって」
「オレンジのビタミンシーが必要なのよぉ。お肌にええんやで」
「管を巻き始めたな。こら、腕に絡んでくるな」
「冷たいわぁ、春樹。ええもん、ええもん。春樹に嫌われたって、あたしには冬彦くんがあるんやから。冬彦くーん」
「おい。そんな千鳥足で、どこへ行く気や。危なくて、見てられへん。怪我するから、座っとき」
「ハッハッハ。運動神経抜群の南方夏海様が、これしきで怪我するものか」
「しっかり立て。俺まで巻き込む気か」
「冬彦くーん、出ておいで」
「あ、降りて来たら危ないよ、二人とも」
「すまん。止めても聞かへんから、降りてきてしもうた」
「何で席外したんよ、冬彦くん。冬彦くんも、あたしのことが嫌になったん?」
「それは違うよ」
「おやおや。玄介さんの所為で、とんだことになったわね」
「分かったわ。この男が、春樹と冬彦に良からぬことを吹き込んで、あたしから二人を引き剥がしたんやな?」
「脳内で、どういう連想と推理がはたらいたんだか。とばっちりにも、程があるってもんや」
「問答無用やで。ダンスで鍛えた身体能力を、存分に見せつけたる」
「待て、南方」
「余計なことしないで、大人しくしていれば良いものを」
「自業自得だね」
「傍観していないで、背中にしがみついたこれを、早う引き剥がしてくれ。苦しゅうて、しょうがない」