第17話「鍋奉行」
「朱雀。一度小鉢に移した具材は、もっかい鍋に戻したらあかんって何度も言うてるやん」
「混沌を極めし鍋より掬い上げし白銀の半球体の内積に、あろうことか生理的嫌悪を肺臓より呼び覚ます茶褐色の物体を認めてしまったのだ」
「早い話が、椎茸を食べたないだけなんやろ? 好き嫌いはあかんで」
「そして何より許し難い暴挙は、具材の特性を完全に無視して裁断されたことにより生ずる、大きさも火の通りも不揃いである不快感」
「いちいち神経質なこと、気にするんやない」
「だが夏海。じゃがいもが全て溶けて無くなるまで煮込むのは、ちと考え物やと思う」
「我等が偉大なる父も、賛同しているではないか」
「文句があるんやったら、これからは夕食当番を、交代制から朱雀一人の担当にしてもええんよ?」
「二日に一度でも面倒これ至極の当番を、弟一人に押し付けようとは、深紅の血潮通いし人間の所業とは思えぬ。さては、悪魔に憑依されたな」
「ぐちぐち文句を言わんと食べや。それから夏海も朱雀の挑発に乗りな。料理の腕前は、どんぐりの背比べもええところや」
「すき焼き風と水炊きしか作れない人間と、同列に扱われたくは無いものだ」
「カレーとシチュしか作れない人間に、言われとうないわ」
「聞いてるこっちが恥ずかしくなるから、言い争うな」
「鬨を告げる紅鳥の無性卵を補充せねば」
「ついでに醤油も」
「ぐはっ」
「あ、朱雀。大丈夫? やだ、鼻血出てるやん」
「背後を通りし時分に起立し、我がキーセルバッハを決壊させるとは。おっと」
「急に立ち回るもんやから、眩んだか?」
「加えて眼前暗黒感とはな」
「ほんまに、どうでもええことはよう覚えてるんやなぁ。その記憶力を、どうにか学校の勉強に生かせへんもんやろうか」
「ただいま。遅うなったわね。仕事終わりに本部の人から話があったもんやから。これでも急いで来たんやけどね」
「お母ちゃん、お帰りなさい」
「お帰りなさい」
「お帰り。先に食べとるで」
「今日はすき焼き風やから、夏海やね。……あとで、二人で話せる?」
「……ええことない話なんか?」
「ええ話と、ええことない話」




