第62話「ハイ・スペック」
「秋さん」
「もぅ。また来はったんですか? 何べん言われたかって、うちの気持ちは変わりませんよ」
「そう、おっしゃらず」
「ストーカー発見」
「えっ、中之島くん。何で、ここに居るのんよ?」
「誰だ、君は?」
「この春から、こちらの国立大学法学部に通うことになった、中之島正です。――ここから暫く、話を合わせてもらえますか、西園寺先輩」
「――分かったわ、中之島くん」
「それで、その勉強小僧が、秋さんに何の用があるんだ?」
「俺の婚約者に付きまとうのは、やめてもらいましょう。――ほら、先輩も」
「そういうことなんよ。他に好きな人が出来てしもうたの。悪いわね。――これで、ええのん?」
「そんなチンチクリンの、どこが良いんだ」
「それ以上、息子を悪く言うと、法廷に出てもらいますよ?」
「父上」
「駐車場が見当たらなくてな。遅くなった」
「あら、中之島くんのお父さん」
「今度は、父親か」
「申し遅れましたが、私は、こういうものです」
「ご丁寧に、どうも。えっと、これは、つまり……」
「ニューヨーク帰りでしたら、名刺の英語は、理解できますよね? 芸術家として活動基盤を失いたくなければ、金輪際、息子のフィアンセに会わないことです。これは、警告ですよ?」
「そのっ、婚約者が居るとは、知らなかったんです。許してください。それでは」
「傑作やったなぁ、あの慌てぶりは」
「誰だって、敵わない相手が現れれば、諦めるものさ。――何か、食べるかい?」
「助かりました。ほんま、おおきに。――お気持ちだけで」
「肩書きの有効活用ですよ。――ここのチーズケーキは絶品ですよ?」
「人助けのために、ひと肌脱げと言われたから、何かと思ってたんだが。たまには、こういうことをするのも、悪くはないな。――あぁ、ウェイターくん。チーズケーキを三つ」
「せやけど、あんなこと、よぅ思い付くわ。――お紅茶だけでも、十分ですから」
「中之島正、一世一代の大芝居ですよ。――ここは、お言葉に甘えとくもんですよ」
「とあるビジネス雑誌で取り上げられていたものだから、気になっていてね。西園寺くんまで付き合わせて、申し訳ない。ホテルのカフェだから、懐具合なら心配無用だ」
「それやったら、まぁ」
「せやけど。今回は、これだけで、ほんまに丸く収まったんやろうか?」
「もし、何かあったとしても、今度は、正ひとりで解決できるだろう。大学に通ってるあいだは、こっちに居るんだからな」
「お願いしても、ええ?」
「いつでも、どこでも、迅速に駆けつけますよ。この中之島正に、お任せあれ」
「それなら、早いところ免許を取得しないとな。それから、学業にも勤しんでもらいたいところだ」
「これから大変やね、中之島くん」
「困難なほうが、遣り甲斐があるんですよ。何でも、楽しんだもん勝ちや」




