第60話「株を守る」
「ほんでな、副長。そのあとは、教科ごとの対策を教わったんや」
「隊長殿は、受験のスペシャリストだな。続きを、心して聴こうではないか」
「英語は、単語や熟語をブツ切りにせんと例文で覚えること。数学は、単元ごとに解法を暗記してまうこと。物理は、数学のあとにやること。生物は、試験問題集から解答例を丸暗記すること。歴史は、近代から始めること。先に大河小説で大枠を掴むのも、ええんやって。地理は、観光ガイドになったつもりで、政経は、実生活に結び付けて覚えること。実践はしてへんらしいけど、歴史漫画や少女漫画も役に立つそうや」
「なるほどな。しかし、こうも方法論が確立していると、便利な反面、面白味に欠けるな。会計殿は、そうは思わないか?」
「俺も、話を聞きながら、薄々そう思うてたんや」
「これは、姉上の意見でもあるのだが、三年の夏から本気を出して、それで受かるぐらいのレベルの学校が、その人にとって丁度良いのではなかろうか」
「珍しく、姉弟で意見が一致したんやな。まぁ、一流の大学や企業に入ること、一流の選手や芸能人になること、それ自体を目標にして、子供の頃から英才教育を施された結果、念願が叶うてすぐに燃え尽き症候群になってしもうたら、何もかもオジャンやからな」
「あくまでも通過点に過ぎないことに、必死になり過ぎている嫌いがあるのは否めないことだ」
「受験に就職、結婚、その先に待ってるのんが無間地獄やったら、使える資格でも取って独立したほうが、まだええやろうな」
「大人にしても、子供にしても、義務付けられていないにも係わらず、やらなければならないと勝手に思い込んでいること、半強制でやらされていることが、この島国社会には多過ぎる」
「傍から見たら、さぞかし滑稽に映ってることやろうね」
「他人の成功体験を真似して、見事に失敗する人間は、後を絶たないからな。これまで誰もやらなかったことを一人だけやれば、独創性があって目立つが、それを聞いた大勢が真似すると、かえって、やらないほうが目立つというのに」
「柳の下に、泥鰌は居らへんって訳やな。さて。早いところ、この紙を書いてしまわんとな」
「進路希望調査票。エー四用紙一枚の割に、重みのあるものだな」
「類型選択より、具体化せなあかんからなぁ。ええ加減なことは出来へんし」
「高校生で人生到達点を決めてしまうとは、視野狭窄ではなかろうか?」
「学校組織っていうのは、生徒を管理せなあかんからなぁ。型に嵌めたがるもんや」
「型破りな人間には、居場所が無いのか?」
「形無しにされるだけやろうな。どうしたもんかなぁ」




