第16話「蜻蛉」
「あ、北条くん。壁際に立って、何してるん?」
「西園寺さん、あれ」
「あれって?」
「長机の向こう。椅子の座面あたり」
「椅子? きゃ、トンボやないの。何で居るんよ」
「本当、どこから入ったんだろうね」
「早う窓を開けて逃がしてしまおう。ね、北条くん」
「それが出来たら、こうして壁際に立ったりしない訳でして」
「北条くんも、虫はあかんの?」
「そういう西園寺さんだって」
「女子は、こんなことせぇへんよ」
「南方さんは、カナブンだろうと何だろうと、素手で捕まえてしまうけど?」
「夏海ちゃんは別格。うちは、ああいう勇ましさとは縁遠い育ち方をしてきたんよ。そう言えば、春樹くんは?」
「購買に行ってるよ」
「タイミングが悪いなぁ」
「こういう時に限って、記者倶楽部の二人は帰宅済みなんだよねぇ」
「邪魔するよ」
「あ、用務員の塚口さん」
「こんにちは、塚口さん。何か御用ですか?」
「荷造り紐、余ってへんかなぁ」
「向こうの棚の箱の中ですけど、その前に一つお願いしていいですか?」
「ほんで、塚口のおっちゃんに逃がしてもろうたって訳か」
「そういうこと」
「春樹くんの帰りが遅いのんが悪いんよ?」
「購買の御影さんの長話に付き合わされてしもうてな」
「お喋りだよね、あの人」
「お人好しなんやから。適当に切り上げられへんかったん?」
「そう言いなや。おまけに、ええものくれてんから。ほら」
「開けてええのん? あ、これ」
「それ何? 縁日の飴玉みたいだけど」
「趣味で作ったものなんやそうや。トンボ玉って言うねんて」




