第57話「物覚え」
「十返舎一九は、湯灌せず火葬せよとの遺言を残したんやけど、実は、頭陀袋の中に線香花火が仕掛けてあって、荼毘に付そうとした瞬間に火花を散らすようになっとったそうや」
「葬儀屋にとっては、傍迷惑っすね、セイさん」
「江戸っ子らしい、粋な計らいって奴や。それから、井原西鶴は、一日に二万五千句を詠んだそうや。四秒に一句やな」
「十七文字を言うだけでも、四秒以上かかりそうっすけど?」
「余程の早口で、矢継ぎ早に詠んだんやろうな。あと、葛飾北斎は、引越しを九十三回したそうや」
「何歳まで生きたんっすか?」
「九十歳近くまで生きたそうや」
「長生きっすね。でも、それにしたって移り気っすね」
「号も、三十回も改号してるからなぁ」
「名前がいくつもあると、ややこしいっすよ」
「そうかもしれんな、樟葉。十返舎一九も、本名は重田貞一やし、井原西鶴は、平山藤五や」
「三浦按針と、ウィリアム・アダムズ。小泉八雲と、ラフカディオ・ハーンは同一人物なんっすよね?」
「日本名と、外国名か。日本に限っても、世阿弥は、観世元清。天草四郎は、益田時貞。木戸孝允は、桂小五郎、江戸川乱歩は、平井太郎。太宰治は、津島修治と、通称が本名と違うてる人物は多いわ」
「一問多答問題みたいっすね」
「クイズ・カードをやろうか?」
「ええっすけど、俺にも分かりそうな問題を頼むっすよ」
「ほんなら、第一問。ノーベル賞の六部門を答えよ。近々、受賞者が決定するから、関連のニュースを観てれば分かるはずや」
「毎年、冬になると話題になるっすよね。化学賞、物理学賞、文学賞、平和賞、あと二つは何やったっすか?」
「生理学・医学賞と経済学賞や。第二問。七福神を答えよ。元日に、宝船の絵を枕の下に置くやろう? それを思い浮かべつつ、答えてみぃ」
「初夢で、縁起のええ夢を見た覚えはないっすけどね。布袋、恵比寿、大黒天、毘沙門天、弁財天。あとは、名前が浮かばないっすね。どっちも爺さんっすけど」
「福禄寿と、寿老人や。たしかに、爺さんやけどな」
「俺からも出すっすよ。アメリカで初めて独立した十三州を答えよ」
「一問多答問題の常識やな。ニューハンプシャー、マサチューセッツ、ロードアイランド、コネチカット、ニューヨーク、ニュージャージー、ペンシルベニア、デラウェア、メリーランド、バージニア、ノースカロライナ、サウスカロライナ、ジョージア。どうや?」
「正解っす。では、ネーデルラント十七州は答えられるっすか?」
「誰が作ったと思うてるんや。北部七州が、ヘルダーラント州、ホラント州、ゼーラント州、ユトレヒト州、フリースラント州、オーファーアイセル州、フローニンゲン州。南部十州が、アントウェルペン州、ウェスト=フランデレン州、オースト=フランデレン州、フラームス=ブラバント州、リンブルフ州、エノー州、ナミュール州、ブラバン・ワロン州、リエージュ州、リュクサンブール州。文句なしやろう?」
「ぐうの音も出ないっす。さすがっすね」
「そういうことは、よぅ覚えてるのんに、どうして、ポケットからちり紙を出すのんは、忘れてしまうのんやろうねぇ、正くん?」
「また、やらかしてしまいましたか?」
「あっ、内田さん。お邪魔してるっす」
「いらっしゃい、樟葉くん。――お洗濯物が、この通り」
「ごめんなさい、内田さん」
「俺、お暇したほうが、ええみたいっすね。それじゃあ」
「ゆっくりしたらええんやで、樟葉」
「あら、ご用事? 何のお構いもできませんで」
「そうなんっすよ。ほんなら、また明日」
「樟葉。頼むから、内田さんと二人だけにせんといてくれ」




