第56話「味がしゅむまで」
「朝夕の冷え込みが強くなって、鍋が美味しい季節になってきたね」
「悪いな。夕飯まで、ご馳走になることになって」
「一人鍋に飽きてたところだから、ちょうど良かったよ」
「誰か、大学の友人を呼んだりはしないのか?」
「たまにラボの友達と一緒に遊んだり、出掛けたりするけど、家に連れてきたことはないね。――落し蓋、取ってくれる?」
「一人暮らしだったら、気軽に人を呼べるやろうに。――この、金属製のか?」
「それが、そうでもないんだなぁ。――そう、それ。鍋の大きさに合わせて調節できるから、便利なんだよねぇ」
「何で、落し蓋をするんや?」
「熱を閉じ込めて、対流させるためだよ」
「熱伝導、対流、熱放射」
「三つの熱の伝わりかた。鍋の物理学だね」
「料理は、科学やな。それにしても、具だくさんな関東煮やな」
「カントダキ?」
「あぁ、おでんのことや。白滝に、厚揚げ、煮卵、蒟蒻、鶏団子、つみれ、竹輪、牛蒡巻き、巾着か」
「底のほうに、大根とか、昆布とか。椎茸や里芋や筍もあるよ」
「水菜も、用意してあるんやな。俺の家でやる時とは、また具材が違うな」
「東野くんの家だと、何が入るの?」
「牛すじとか、はんぺんとか。あと、梅焼きや、ひろうすや、てんぷらも」
「牛すじとはんぺんは、分かるんだけど、天麩羅も入れるの? せっかくカラッと揚げてあるのに」
「ちゃう、ちゃう。画像検索するわな。……これのことや」
「あぁ、さつま揚げのことか」
「ほんで、ひろうすが、これや」
「これは、がんもどきだね」
「それから、梅焼きっていうのんはや。……あぁ、これや。この中に、鶉の卵が入ってるんや」
「梅の花の形の練り物か。美味しそうだね」
「今度は、俺の家に来たらええわ。お返しに、ご馳走したるから」
「本当? 楽しみにしてるね」
「ただし、味の保障は出来へんけどな」




