第50話「全か無かの法則」
「今日は、誰かさんの所為で、散々な目に遭うたわ」
「誰かさんって、誰やろうね」
「セで始まって、リで終わる人や」
「セロリか。しょうがないなぁ、セロリは」
「ちゃう。分かっとって言うてるんやろう?」
「はい、はい。あたしが犯人や。せやけど、朝のバスで爆睡する委員長も、どうかと思うわ」
「その、居眠りをしている俺の額にシールを貼るのんは、もっと、どうかと思うわ。玉造や桃谷にノイローゼやないかと疑われて、悩みを打ち明けるように言われたんやからな」
「二人とも、深刻に捉えすぎやわ。ギャグに決まってるやん」
「そのあと、樟葉の奴に大笑いされたから、急いで洗面所の鏡で確認したんや」
「礼多くんには、あたしが見に行くように言うたんよ。愉快な一日になったんと違う?」
「不愉快、極まりないわ」
「高校は、騒いだら苦情が来るからって、大人しゅうすることを強要されることもないんやし」
「楠浜は、小中学校とも住居区域に隣接してるからな。運動部は、近隣住民からの苦情が予想されるせいで活動できへんから、文化部しかないんやもんなぁ」
「それも、茶道とか、華道とか、書道とか。大人しいクラブしかないんやもんね」
「選挙カーや竿竹屋が入ってこないのは、勉強の邪魔にならへんから助かるけどな」
「委員長の将棋も、あたしの天文も、同好会で相部屋やったよね」
「そうやったな。あぁ、そうや。玉造の園芸部は、スズランやら、夾竹桃やら、スイートピーやら、毒性の強い植物が多いし、桃谷の美術部は、絵の具やら、溶剤やら、パレットナイフやら、危険な道具が多いから、どっちも、科学部と並ぶ殺人事件の好舞台やって話、覚えとる?」
「覚えとる、覚えとる。学校を舞台にした、空想サスペンス劇場を考えてたんよね。おまけに、特別教室棟にあるから、人気が少なくて目撃されにくいって話やった」
「今にしてみたら、阿呆なことを真剣に議論しとったもんやな」
「毎日が単調な繰り返しやったから、頭も変な風になるのも頷けるわ」
「千林が、中学でスカートを穿いてきた衝撃は、忘れられへんけどな」
「事あるごとに、それを言うんやね」
「それまで、千林は男やと思って、一個も疑うてへんかったから」
「ちょっと前までは、こういうのんは気持ち悪い考えやと思うてたんやけど、最近は、集団を安易に男女二分するのは、少数派を無視しているんやろうって思えるようになったわ」
「魚崎先生が言うてはったけど、身体と精神とで志向が違う人は、決して珍しくないらしいな」
「百パーセントどちらかに当てはめられなければならないというのは、窮屈な制度やわなぁ」
「まったく制約が無いのんも、無秩序になってあかんけど」
「制約だらけになって雁字搦めになるのんも、考えものやもんね」




