第46話「イロハのイ」
「基本のキから教えていくわね」
「お願いします、黒江さん」
「お願いします」
「さて。まずは、火加減ね。とろ火は、やっと火が点いている状態のこと。弱火になると、鍋底に火が当たらない程度よ。中火で、鍋底に火が、当たるか当たらないか程度になって、強火は、鍋底の全体に火が当たる程度ね」
「道理で、いつも火を通し過ぎるはずや。強火やったんやなぁ」
「うちも、よぅ焦がすと思うてたんよ」
「今度は、揚げ油の温度だけど。低温は、だいたい百六十度程度ね。衣が底まで沈んでから、ゆっくり上がるくらいが目安よ。人参やジャガイモみたいな根菜類や、二度揚げの初めに適した温度ね。中温は、百七十から百八十度のあいだね。衣が底まで沈まないで、すぐに浮かぶくらいが目安よ。揚げ物全般に、広く適した温度ね。高温は、だいたい百九十度程度ね。衣が表面ですぐに散るくらいが目安よ。二度揚げの仕上げに適してるの。ここまでは、いいかしら?」
「何とか、ついていってます」
「うちも、何とか」
「解らなくなったら、遠慮無しに訊いてね。水で加熱する時の、火の通しかたに移るわよ。ゆでると書かれていたら、水やお湯で中までしっかり火を通すこと。ゆがくとあったら、沸騰した中に入れ、しんなりさせるの。ゆでるより短時間でね。湯通しは、お湯にさっとくぐらせるか、お湯をかけることを指すの。ゆがくよりも、更に短時間ね。ゆでこぼす場合は、材料を入れたお湯を沸騰させ、ゆで汁を捨てるのよ」
「何でもかんでも、茹でればええのんと違うのんか」
「奥が深いわぁ」
「小麦粉にも違いがあるのは、知ってるかしら?」
「強力粉とか、薄力粉とか」
「何が違うのんか、よぅわからへんよねぇ」
「たんぱく質が、粉の中にどれだけ含まれているかが違うの。強力粉は、十二パーセント以上。中力粉は、九パーセント程度。薄力粉は、八・五パーセント以下よ。ふわふわのスポンジが作りたかったら、薄力粉。重量感のある、しっかりしたクッキーやマフィンには、中力粉や強力粉が向いてるわね」
「小麦粉にも、たんぱく質が含まれてたんやねぇ」
「デンプンだけやと思うてたわ」
「小麦の構造の説明もしておくわね。デンプンとたんぱく質から出来てるんだけど、たんぱく質に水を加えるとグルテンが出来るんだけど、それをデンプンから分離したのが、お麩。逆に、デンプンだけにしたのが浮粉よ」
「お麩は、小麦粉のたんぱく質やったんや」
「デンプンっていうたら、ジャガイモのイメージやけど」
「そうね。素材によって、同じデンプンでも違うの。ジャガイモ由来だと、片栗粉。トウモロコシ由来は、コーンスターチ。キャッサバ由来だと、タピオカ粉ね」
「白玉粉とか、上新粉は?」
「また、別になるのんと違う?」
「どちらも、米粉ね。餅粉、白玉粉、道明寺粉は、もち米由来。上新粉は、うるち米由来で、団子粉は、両方の混合になるわ」
「道明寺粉は、もち米か」
「桜餅の材料やね」
「今日は、忙しいのに、わざわざ時間を割いていただいて」
「勉強になりました」
「そないに、かしこまらなくっても、ええんやで?」
「お礼は言うておかんと。ほんま、おおきに」
「助かった。これで、南方家の食卓に革命が起きる」
「ふふっ。冬彦の友達なら、いつでも大歓迎よ」




