第14話「沸点と融点」
「西園寺と冬彦が、互いに口を聞かへんようになってしもうてな」
「喧嘩したんや。珍しいなぁ」
「いつから仲違いしてはるんです?」
「今週に入ってから、今日までずっとや。事情を知ろうと思うて、声を掛けようとしたんやけど、冬彦は話をはぐらかしてしまうし、西園寺は俺のことを避けてるみたいなんや。バスでも乗り合わせなんだ」
「そういうことやったら、任せとき。あたしと副長が記者倶楽部の名に懸けて、調べ上げたるわ」
「大スクープ、ゲットですね、隊長」
「張り切ってるところ悪いんやけど、作戦はもう、俺が考えてあるねん」
「何や、面白ない」
「その作戦とやらを聞きましょうよ、隊長。ええ役どころかもしれませんよ?」
「重要な役割なんや。ええか。放課後の後で指定する時間に、俺が北校舎の屋上に立つから、二人は、中校舎と本校舎の渡り廊下で、偶然を装ってそれを目撃して欲しいねん」
「それの、どこが重要な役割なんよ」
「見るだけなら、カメラでもできますよ」
「話はここからや。その時に必ず、南方は三階で冬彦と、中之島は二階で西園寺と一緒に見て欲しいねん。ほんで『何で会長があんなところにいるんやろう?』とか何とか言いながら、屋上まで連れてきて欲しいねん。どうや、出来そうか?」
「あたしは、何とでもなりそうやけど、副長は出来るか?」
「大丈夫ですよ、隊長。大船に乗った気で、この中之島正にお任せあれ」
「こんな時間に東野くんは屋上で何やってるんだろうね、南方さん」
「さぁ。よほどの理由が無いと、こんなところに来ぇへんとは思うんやけど」
「そっちと違うて、こっちですよ、書記さん」
「このドアの向こうが屋上やんね、中之島くん。あ、夏海ちゃん」
「冬彦くんも居るよ。秋ちゃんたちも、春樹のことが気になって来たん?」
「そうなんですよ、隊長」
「ほんなら、扉を開けるで。春樹、見ぃつけたって、あれ?」
「誰も居ませんね」
「おかしいなぁ。先輩たちは、何階から来たんです?」
「三階だよ。渡り廊下を伝って、そのまま」
「ですよねぇ。だとしたら変や。こちらは二階から渡り廊下を伝って、そのまま北校舎の二階に入ってから階段を上ってきたんですよ。会長がどこかへ移動したのなら、どちらかが擦れ違うはずやありませんか」
「言われてみれば、中之島くんの推理は、ちゃんと筋が通ってるわ」
「だとすると、東野くんは今、どこに?」
「ねぇ、これ見てみぃ」
「これ、春樹くんの校内履きや」
「下にルーズリーフが置いてある」
「見てみようか。なになに、『生徒会二人に事情を説明してもらえないような信頼感の無い人間に、生徒会長としての重責を果たせるとは思えません。私はすっかり自信を失いました』って書いてあるわ」
「何で、そんな早まった真似をしたんだよ、東野くん」
「聞きたいことがあるんやったら何でも話すから、春樹くん、帰ってきて」
「会計さんも、話してくれはりますね?」
「もちろんだよ」
「春樹。もぅ、えぇよ」
「やっと、素直になったな」
「春樹くん。え、どういうことなん?」
「幽霊、では無さそうだね」
「秋ちゃんも冬彦くんも意固地になってるもんやから、春樹が一芝居打ったんよ」
「そういうことや。これくらいの荒療治をせな、こじれは解消せぇへんと思うてな。ここに来てからさっきまでの会話は、鉄扉の裏で聞いとったで。中之島。うまいこと録れたか?」
「ばっちり録音されてますよ。見事、言質取ったりです」
「心臓に悪いわぁ、春樹くん」
「本当だよ。本気で死んじゃったかと思ったんだから」
「俺は、そう簡単に命を粗末にするような罰当たりな人間と違うから、安心せい」
「ほんで、そもそもの原因は何やったんよ?」
「それが、大したことじゃ無いんだよ。ね、西園寺さん」
「そうなんよ。これに比べたら、些細な行き違いなんやけど」
「お前ら、そこで何しとんねん」
「うわぁ、体育の熾熱燈や」
「ここで大物先生に捕まったら、確実に教官室行きだよね?」
「ありがたいお説教の二時間コースは、避けたいところね」
「どないします、会長?」
「ええか、合図したら五人でバラバラの方向に逃げるで」
「放課後に屋上へ入ってからに、何考えてるんやら」
「今や、散らばれ」
「こら。年長者の話は最後まで聴かんかい」




