第38話「葉月の頃」
「彪子小母さん。鳳です」
「あら、華梨那ちゃん。いらっしゃい」
「函館の親戚から、お中元が届いたので、お裾分けに。中身は、松前漬けです」
「まぁ、わざわざ、おおきに。函館も、七月盆なんやねぇ」
「どうも、そうみたいで。東京地方は有名ですけど」
「その紫陽花色のワンピース、気に入ってるみたいやね」
「色も、ラインも、絶妙なものですから」
「買った服を着て帰る人は多いんやけど、次の来店時に着てくる人は、存外に少ないんよ。本当に気に入っているかどうかは、そこで見分けが付くという訳やね」
「着て帰るってことは、満足したのんと違うんですか?」
「それが、そうでもないのんよ。お店の照明の下で見るのんと、お日さんの下で見るのんとは、やっぱり違うみたい。あとは、手入れの仕方が分かってへんかったり、縫製に難癖つけたりする人も居るのんよ」
「それは、嫌味なお客さんですね」
「まぁ、長いことやってるから、あしらいかたは心得てるつもりやけどね。あぁ、そうそう。八月には秋が帰ってくるんやけど、知ってた?」
「えぇ、知ってます。ひと月ほど、こっちに居るとか」
「何やら、通じへん言葉が多いようなこと言うてたわ」
「わたしも、よぅ冬彦さんに聞き返されました」
「ほかすは、捨てる。なおすは、片づける。こけるは、転ぶ。つぶれるは、故障する。えずくは、吐き気をもよおす。しんどいは、疲れた。ぬくいは、暖かい」
「押しピンは、画鋲。めばちこは、ものもらい。はみごは、仲間はずれ。さらは、新品。べべたは、最下位ですよね?」
「一度も関西圏を出たことがあらへんから、戸惑うことが多いみたいやわ。まぁ、あとは本人の口から聞いてやってな。迷惑かもしれへんけど」
「迷惑やなんて、とんでもない。それじゃあ、この辺で」
「上がってお行きよ。この時間は、滅多にお客さんが来ぇへんから」
「いえ、今日は他にも寄るところがありますから。また今度、改めて。失礼します」




