第37話「観察眼」
「今年度から、二クラスなんやなぁ。俺が通うてた頃は、四クラスやったのに。奥様連合は、父親を遠巻きにするんやなぁ。俺も、離れとこう。あぁ、居った、居った。青衣ぃ」
「えっ。何で、お兄ちゃんが居るんよ? お父ちゃんとお母ちゃんは?」
「どっちも仕事や」
「お兄ちゃんかって、大学と違うのん?」
「事前に、担当教授に報告済みや。憲法第七十六条の裁判官の独立について、二千字程度の簡単なレポートを提出したら、出席とみなしてくれるそうや」
「二千字って、原稿用紙五枚分やない。そんなに簡単に書けるのん?」
「これでも、大学のレポートとしては少ないほうや。それより、ちゃんと覚えられたんか?」
「まだ、ちょっと不安やねん。間違うたら、どないしよう」
「青衣。上手くいくようにイメージせな、しょうもない失敗するで? 青衣が頑張ってきたのんは、俺がよぅ知ってる。要らん心配せんと、目の前のことに一生懸命になり」
「せやけど」
「大丈夫や。何とかなる」
「ご苦労さんやな、青衣」
「途中で詰まったときは、頭が真っ白になりそうやったわ」
「せやけど、問題なかったやろう?」
「あんな、わざとらしく咳込まへんかっても、ええようなもんやと思うわ」
「あれで、場の空気が和んだやろう?」
「たしかに、笑いは起こったけど。お兄ちゃんは、笑われて平気なん?」
「人間、笑われてなんぼや。このままコープさんに寄って帰ろうか」
「うち、制服のままやけど?」
「構へん、構へん。誰も、そんなこと気にせぇへんから」
「コープさんのお菓子以外の、お菓子メーカーのお菓子なんて、久々やね」
「いつもは、安いプライベート・ブランドしか買わへんからな。今日は、特別や。おっ」
「どないしたん?」
「昨日のすじ雲が、うす雲、いわし雲、むら雲、おぼろ雲になって、とうとう入道雲やな。これは、ひと雨、来そうやな」
「天気予報では、一日中、晴れたり曇ったりで、傘は必要ないって言うてたのに」
「気象予報ばかりを当てにするのんやなくて、実際の空を見な。実地で五感を研ぎ澄ませな、わからへんこともあるもんや」
「早う帰って、洗濯物を取り込まな」
「それも、そうやな。話してる場合やないわ。走れるか、青衣?」
「走れる」
「よし、急ぐで」




