第36話「見聞、理解、記憶」
「何で、調べたらわかるようなことを、いちいち覚えなあかんのやろう。それに、わざわざ参観の日に発表させんでもええのに」
「暗誦か。まぁ、頑張り」
「お兄ちゃんも、覚えさせられたのん?」
「あぁ。現代文やったら、雨ニモマケズとか、智恵子抄とかやな。古文やったら、竹取物語、徒然草、奥の細道、枕草子、方丈記あたりか。漢詩や、論語もあったな。あとは、数学の図形の証明、地理の都道府県や国名、歴史の年号と出来事も。高校に入ったら、日本の歴代首相、旧国名、アジアの歴代王朝名、ヨーロッパの歴代皇帝名、アメリカの歴代大統領名とかも、ある程度は頭に入れなあかん」
「覚えることがいっぱいで、頭がパンクしてまうわ」
「ハハハ。いっぺんに覚えるのは無理やから、順々に積み重ねていくことやな。アール・ピー・ジーのレベル上げみたいなもんや。今の青衣は、冒険初心者やな。このままやったら、高校受験というボスは倒されへんな」
「武器とか、回復薬とかを手に入れなあかんのやね?」
「そういうことや。恥を掻きとうなかったら、地道に覚えることやな」
「さっきから、何を読んでるのん? 変な言葉ばっかり」
「変な言葉と違う。これは、日本国憲法や。法令文書の奇怪な言葉遣いは、齟齬をなくすための便宜や。言葉は生き物やから、これが正しいという絶対の基準はできへんけど、似たような表現は統一しておかへんかったら、混乱してしまうからな」
「日本語の乱れやね?」
「それは、テレビのええ加減な評論家の、ええ加減な偏見や。言葉は乱れてるんやなくて、変化しとるだけや。もっとも、これは専門演習の教授の受け売りやけどな」
「アラカンの嵐山は、鞍馬天狗にあらずって言うた人?」
「そういうことは、よぅ覚えとるんやな。フルネームは、嵐山松尾って言うんや」
「どっちが名字か、わからへんような名前やね」
「青衣も、そう思うか。憲法を専門に研究しとってな。この前は、晩年に花札賭博疑惑が掛かった児島惟謙は、護法の神にあらずって言うてはったわ」
「コジマイケン?」
「あぁ、そうか。公民は、まだ習うてへんか」
「地歴のあとに習うって、社会科の先生が言うてはった」
「そう、それや。地理や歴史の知識がないと、公民は、太刀打ちできへんからなぁ」
「覚えなあかん理由は、何となく分かったんやけど」
「けど、何や?」
「先におやつにしよう?」
「もう、そんな時間か。そうしようか。腹が減っては、戦は出来へんからな」




