第35話「午後の陽差し」
「……どないしよう」
「困ってるみたいやね」
「えっ、あのっ、そのぅ」
「まぁ、落ち着き。俺の名前は、京橋美己」
「うちは、東野青衣」
「青衣ちゃんか。ひょっとして、大学生のお兄さんが居るんと違う?」
「そうやけど。あっ、お兄ちゃんと同じ制服や」
「やっと気ぃ付いたみたいやね。そうか。前の会長の妹さんか。それで、何を困ってたんや?」
「それが、小銭入れを無くしたみたいやの」
「それは、困ったな。バスに乗る前は、確かにあったんか?」
「それは、間違いあらへんのんよ。ちゃんと、乗る前に確認したから」
「それなら、この車内のどこかにあるはずやな。誰も盗んでへんと仮定してやけど」
「盗まれるような高級品でもあらへんし、中身も大したことあらへんのに」
「そうやなぁ。ところで、どこで降りるんや?」
「寿町三丁目」
「ほんなら、もうすぐやな。うぅん」
「どないしたら、ええんやろう。もう、わからへん」
「よっしゃ。ほんなら、こうしよう。ここは俺がバス代を貸すから、青衣ちゃんは最寄りで降り。俺は、どのみち終点の営業所前まで乗るから、最後に降りるときに運転手に言うて、落とし物がないか見てもらう。見つかっても、見つからへんでも、必ず連絡する。それで、どうや?」
「せやけど、お金の貸し借りはしたらあかんって言われてるし」
「それも一理あるんやけど、今は、そういうこと言うてる場合やないのんと違うか? それに、こっちは学校と名前を伝えてるんやから、悪いことは出来へん。事情なら俺が説明したるから。なっ?」
「せやね。言う通りにするわ」
「それじゃあ、これで。早う、降り」
「おおきに」
「あった、あった。窓とロール・カーテンの隙間やったんやな」
「誰かがカーテンを降ろしてしもうたから、見つからへんかったんか。どうも、お手数をおかけしました」
「バス会社として、当然のことや。それより、早う知らせたり」
「えぇ、そうします」




