第31話「将来不安」
「右、左、右、左、おっと」
「何かと思うたら、子供か。よそ見したら、あかんやないか」
「そっちが急に止まったのんが悪い」
「ふと、歩みを止めることは、誰にかってあることやないか。それより、缶ぽっくりから降りぃ。お兄さんが預かったる」
「致し方なし」
「どこで聞いたんや、そんな台詞。ん? 首からさげてるのは、糸電話やったんか」
「通話料無料で、話し放題やで?」
「携帯のアンテナ・ショップか。ほんなら、話してみようか。もしもし、中之島です」
「上新庄です」
「お父さんか、お母さんはいるかな?」
「いるけど、いりません。今度は、昇が先に話す」
「どうぞ」
「お宅の息子は預かった。返して欲しくば、三億円。耳を揃えて用意しろ」
「鼻を抓んで、ボイス・チェンジか。息子は無事なんですか?」
「安心しろ。ほら、喋れ。僕なら、平気だよ」
「昇。今、助けてやるからな」
「受け渡し時刻と場所は、追って連絡する。くれぐれも、変な動きをするな。へへっ」
「なかなか、やるやないか。上出来や。ところで、こんなところに一人で居るのは、ええことないのんと違うか? 送っていくから、道案内しぃ」
「すぐ、そこの角をグッて曲がって、ちょっと行ったところを、クイッと進んだところ」
「ジェスチャー付きで、どうも。その辺やったら、光菱商事の社宅しかないな」
「昇は、シャタクのテンキンゾクやから」
「意味、分かってるか?」
「よくは、わからへん」
「せやろうな。――癒着で汚職に巻き込まれたり、横領や着服を防ぐため、という性悪説の論理に振り回されるうちに、疑心暗鬼にならなければええんやけど」
「ん? 何か言うた?」
「こっちの話や。ええか、昇くん。あんまり、知らん人に付いて行ったらあかんで?」
「あっ、その話、この前も聞いたことある」
「やっぱり。――東野先輩が会うたのんは、この子やったか」
「何が、やっぱりなん?」
「気にせんでも、ええ。独り言や」




