第12話「北条のナイトメア」
『それでは、行って参ります』
「行か、ない、で」
『母さんの言うこと聞いて、いい子にしてるんだぞ』
「そば、に、居て」
『それじゃな、冬彦』
「行っちゃ、駄目、だ。あぁ」
「冬彦、冬彦。どないしたんや」
「あぁ、玄介さん。今のは、夢?」
「えらい魘されとったで。大丈夫か?」
「大丈夫です、玄介さん」
「そうか。それなら、ええんや。なぁ、そろそろお父ちゃんって呼ぶ気ぃならへんか?」
「八歳しか違わない人間を、父とは呼べない」
「さよか。そうやな。あ、寝汗が気になるんやったら、先にシャワー浴びてもええし、朝食が入りそうやったら、すぐに作ったるけど、どない?」
「すぐ、支度して降ります」
「ほな、ちゃっちゃと作るわな」
「……ここは、埼玉の家ではない。今の父親は、玄介さん。和彦さんは、僕が三歳の時に心不全で帰らぬ人になっている。わかってる。頭では理解している。なのに、どうして?」
「冬彦、入るわよ」
「母さん」
「玄介さんからずいぶん魘されてたって聞いたけど、また、あの夢なの?」
「うん」
「向こうに居た時に打ち忘れてた予防接種があるからって、あの母子手帳を貸したのが原因かしら」
「たしかにあの手帳の中では、僕は宮増黒江の第一子で、父親は宮増和彦と記載されている。でも、それは関係ないと思う」
「すぐには慣れないだろうけど、あたしがあの人と再婚して、もう七年も経つのよ? そろそろ玄介をお父さんって呼んであげてよ。あれでもあの人、結構ナイーブなガラスハートの持ち主なのよ?」
「いくら母さんの頼みでも、そればかりは」
「そりゃ、一回りも年下の玄介と再婚するのはよくよくのことよ。それでもね。やっぱり男の子には男親が居たほうがいいと思うの。それにね。玄介なら、あたしと冬彦の両方を大事にしてくれるという確信があったからなのよ。そうだ、冬彦。お店の名前の由来は覚えてるかしら?」
「カフェが朝の七時から十一時、バーが夜の七時から十一時に営業してるから七士館なんでしょう?」
「じゃあ、第二問。このお店が、書き入れ時のランチタイムに、あえて営業しないのはどうして?」
「理由があったの? わからないよ」
「答えはね。小さい頃に鍵っ子だった玄介が『冬彦が学校から帰ったときに、両親が揃って玄関で出迎えられるようにすべきだ』と言ったからよ。」
「そんな理由があるなら、言ってくれれば良さそうなものなのに」
「そこを言わないのが、あの人の優しさなのよ。どう? これでも駄目かしら」
「えぇっと、そうだなぁ。そのうち呼べそうな気がする。でも、すぐには呼べない」
「そう。早く『そのうち』が来るといいわね」
「おーい、冬彦。早よせぇへんと、オムライスが冷めるで」
「今、行きます」