第18話「十字」
「席、どうぞ」
「あぁ、おおきに」
「立つと、やっぱりデカイな。ジャイアント瑠璃」
「何よ。みーちゃんのくせに」
「よせよ。俺は、京橋美己っていう、どっかナルシストっぽくて、女々しい名前が嫌いなんや。委員長と呼べ」
「はい、はい。玉造と桃谷は?」
「先に帰ったんと違うかなぁ」
「何や、楠浜トリオは解散したのん?」
「解散するとかせんとかではないやろう。別に俺かって、いつも初や隆と居る訳やないんやで?」
「みーちゃん、小太りはっつぁん、ひくしの三人でワンセットと違うんや」
「あだ名はやめい。他に同い年で楠浜中学出身の人間が居らへんから、一緒に居るだけや」
「他の三校とは、距離感があるもんね。地理上、海の上に埋立地としてできたってだけやなくてやで?」
「わかっとる。学校や医療機関が整備された、閑静で健全な住環境を、新交通システムで結んだ、近未来型住宅都市」
「バブル期に作られた、何の面白味もない、書き割りのような街やね。墓石みたいな煤けたマンションが群生する、灰色の街」
「小市民の墓場やな。初乗りが高いから、あんまり外に遊びに行かれへんし、中学の制服は、男女とも溝鼠色のブレザーやし」
「震災では、液状化するしね。小学校の体操服も、変な服やったよね?」
「袖と裾の長さが、ファスナーで半分にしたり、長くしたりできるっていう代物やったな。省エネルックやったっけ?」
「たしか、そないな風に言うとったわ」
「やっぱり、どこか遊べる場所がないと、街としては不完全や。人体で言うたら、脳と心臓だけを培養液に浸けてるみたいなもんや」
「五臓六腑揃ってはじめて、五体満足やって訳やね?」
「そういうこっちゃ。去勢した家畜や、腎虚の老人とは違うんやからな」
「うぅん。もうちょっと、ええ例えかたできへん?」
「言葉面を変えても、指すところは変わらへんのやから、ええやないか。都市開発は、昔っから問題になっとるんやって、古狸が言うとった」
「あぁ、杭瀬先生の世界史やね。仮にも自分の担任やねんから、そのあだ名は、どうなんやろう?」
「担任やからこそ、ええんやないか。放射状にしたり、格子状にしたり、時の権力者は、都市を自分の意のままにしようとしてきたそうや」
「パンケーキか、お好み焼きの切り方みたいな話やね」
「俺は格子切り派や」
「あたしも。監視社会化が進んでるって話も、あったんと違う?」
「あぁ、あった、あった。そのうち、ベンサムのパノプティコンみたいな都市も、出来るかもしれへんな」
「縁起でもない。そないな刑務所みたいな街、よう住まれへんわ」
「楠浜かって、他所からみたら、そないに思われてるかもしれへんで?」
「まぁ、そうかもしれへんなぁ」
「ところで、さっきは何で席を譲ったんや?」
「ハンドバッグに、赤に白十字のタグを付けてはったから。ていうか、見てたんやったら、譲ったげたらええやん」
「前に、爺さんに席を譲ろうとしたら、そんな歳やないって怒鳴られたことがあってな」
「それとこれとは、違うことない? いい訳やわ」
「まぁ、それでもええわ。もうすぐ終点やな」
「高校前発、営業所前行き。降車ボタンを押さへんまま、卒業することになりそうやね」
「そうやな」




