第14話「レトリック」
「今日は、この石膏像をデッサンしようか、冴絵ちゃん」
「だらしのない、どこか冴えないおじさんに見えるんやけど、この人は誰なん?」
「えっと、その人は」
「そのノートは、何のノートやの、部長さん?」
「これ? これは、一年の時に、よぅ中之島くんがここに来たんやけど、その時に聞いた情報をまとめたノートなんよ。中之島くんは、分かる?」
「生徒会長で、記者倶楽部の部長をしてはる」
「そうそう。それで、どの石膏像が、何ていう名前の人で、どんな人物なんかってことを、書きとめてあるのんよ」
「それで、この人は?」
「ソクラテス。紀元前四六九年頃に生まれたとされ、紀元前三九九年に、悪法もまた法なりという言葉を残し、ドクニンジンの杯を呷って亡くなった、古代ギリシアの哲学者。恐妻家で有名。ソクラテス自身は著作を残していないが、弟子のプラトン、クセノポン、アリストテレスなどの著作を通じて、その思想が知られている、やって」
「無知の知って、こんな人やったんや」
「もっと、シュッとした人やと思うてたんと違う?」
「カエサルとか、メディチとかは、イケメンやったから、ちょっと」
「わかるわぁ。でも、イケメンばっかり描いてても、練習にならへんからね」
「へっぶずっ」
「風邪か、花粉症か、はたまた、誰かが悪い噂でも流しているか」
「ええ噂はないんかいな、副長?」
「隊長殿。そういう噂を流しそうな人物に、心当たりでも?」
「いや、無いけどな。へぶし、へっぶず」
「隊長殿は、ヘップバーン型とホッブズ型の複合型か」
「何やねん、ヘップバーン型とか、ホッブズ型とか」
「クシャミの種類を、我輩の経験と独断と偏見によって、五つに分類したものだ」
「心底、どうでもええけど、どんな種類があるねん?」
「ハプスブルグ型、ヘップバーン型、ホッブズ型、ディクショナリー型、そして、それら二種類以上の複合型だ」
「その分類、何かの役に立ったことあるのんか?」
「周囲を静寂に包むという効果があるのは、確かなのだが」
「そうやな。何も言えへんわ」




