第11話「柵の内外」
「委員長が先客か。タバコを吸うたらあかんかったら、こうしてもええんちゃうかって、思うたんか?」
「あぁ、大石先生。止めたって、聞きませんよ?」
「別に止める気は、あらへん。僕は、生きる気力のない人間に、気力を揮わせるほど、気力に満ちた人間と違うから、どこぞの英一郎を気取る気もあらへん。屋上は、崖やないし。好きにしたらええ。シンプルに飛び降りるなり、そこの虎ロープで首を括るなり、遺書を校内履きの下に置くなり、方法は色々あるからな」
「それ、教師としてはおろか、私人としても、自殺幇助になるのんと違います?」
「証拠がないから、無理やって。どの道、死ぬ気なら、五分ほど話を聞いてからでもええやろう。ちょっと、こっちにおいで。ここに座り」
「諭されたかって、気持ちは揺らぎませんよ」
「ええから、黙って座り。……ライター持ってへんか?」
「呆れた。……どうぞ」
「おおきに。ふぅー。方法はともかく、仮に自殺が成功したとしよう。そのあと、どうなると思うてる?」
「さぁ。興味ないな。その時点で、すでに俺は死んでるんやからな」
「マスコミや教育関係者が押し寄せて、騒ぎになるとでも思うてるんやったら、間違いやで。学校っちゅうのは、閉鎖社会やからな。それに、ここは、二、三十分に一本のバスで通わなあかんぐらいの、山の中にあるんやで? しかも、進学実績かって、ちょぼちょぼや。そんな、どこにでもある公立高校で、生徒が一人自殺したって、あの教頭が、委員長のご両親に形だけの謝罪して、隠蔽するに決まってる。悲劇のヒーローを気取るなら、気取るだけ無駄やっていう話やな。これと一緒で、火を付けても、煙にまかれて揉み消されるだけや」
「止めても聞かへんって言うたんやけど?」
「止めてへんよ。ただ、この先どうなるかっちゅう未来予想を、客観視して聞かせただけや。実は、この選択が、将来時点でディストピアが具現化してしまう一歩手前で、実現させないためには、若い人が必要やってことで、引き止めに来た。そんなエス・エフ世界の未来人でもないからな。もし、そうやったら、まず、過去の自分を止めるし。あぁ、そうや。時効やろうから言うけど、煙草は中学の頃から吸うとってな。高校も、担任に見つかってしもうたから、一度、中退してるんや。表向きは、出席日数不足で処理されてるけどな」
「その話、俺が誰かに言うたら、教師を辞める騒ぎになるんと違います?」
「でも、君は自殺する。死人に口なしや。まぁ、先行きの不透明さと、ただぼんやりとした不安に苛まれて、若い命を散らすべきかどうか。あと数分、考えてみぃ。僕は、職員室に戻るわ。ほな、さいなら」
「……事あるごとに現れるんやから、油断も隙もあらへん。はぁ、興が冷めちまったなぁ。あっ、ライター」




