第8話「位置について」
「あの、朱雀くんよね?」
「いかにも、我輩は、南方朱雀であるが、はて?」
「ほら、受験の時に、後ろの席やった」
「あぁ、消しゴムを忘却するという、定番のミスをした迂闊者だな。あの時は、名前の頭文字が同じだという話をしたな。記憶の引き出しが、開いてきたぞ。しかし、肝心の名前が出てこない」
「エム、エス。箕谷冴絵よ。思い出した?」
「そうだ。そんな名前であったな。採寸で、こうして会うということは、合格したのだな?」
「そうよ。朱雀くんも、そうなんやね?」
「そうでなければ、替えのカッターシャツを注文したりはしない」
「それも、そうやね。野暮天やったわ。朱雀くんも、ブレザーからブレザーになる組なんやね」
「楠池中学の男子、楠川中学の女子の宿命であるな。前者は、青から苔緑、後者は、紺から若草だがな」
「十数年前の、万博のキャラクターみたいな色やんね」
「モリフラワーと、キロッコリーだったかな。母なる大地に、巨大な人工建造物群を設営しておいて、自然の叡知を讃えるという、矛盾した地球への情愛表現であった」
「科学技術の進歩と、それの自然との調和が、これからの課題やね」
「そう言われると、半世紀以上前から、本質は何も変わっていないことになるな」
「過去の栄光に縋るのは、やめなあかんね。そうそう。あっちこっちで、部活のビラを配って回ってはる先輩が多いけど、どこのクラブのビラを貰うた?」
「あいにく、我輩は、入部先を一つに決めているのでな。受け取らなかった」
「どこに入るつもりなのん?」
「記者倶楽部だ」
「記者倶楽部? 聞いたことないわ」
「まぁ、認知度は低いだろうな。そういう冴絵殿は、どこに所属するつもりかな?」
「美術部にしようかと思うてるのんよ。中学の時、そうやったから」
「そうか。それは良いな。部長殿も喜ぶであろう」
「美術部の部長さんと、知り合いなん、朱雀くん?」
「姉上の、一学年下の後輩でな。姉上を経由して、知り合った」
「お姉さんが居るんやね、朱雀くん」
「あぁ。誠に遺憾であるが、変えがたい事実として存在する。おっと、順番のようだ。我輩は、これにて、失敬する」
「また、入学式でね」




