第3話「ハートの近く」
『復興商店街では、記念イベントが企画され、観光ツアーは、一部でキャンセル待ちとなる事態で……』
「あれから、もう五年になるのね」
「俺としては、それよりも二十一年前のほうが、記憶に鮮やかやけどな」
「当時は、小学生。いや、まだ、入学前ね」
「そう。今みたいに、あちこちにセブンマートがあったり、インスタント食品が豊富にあったりしてへんかったから、大変やったわ。主に、俺の両親が、やけど」
「ライフラインって言葉が広まったのも、その頃よね」
「携帯も、それほど普及してなかったな。光熱関係は、電気、水道、ガスの順で復旧したんや。電気は、わりかしすぐに点くようになったんやけど、水道とガスは、なかなかやったわ。バケツ持たされて、給水車の列に並んだり、炊き出しの順番を待ったりな。あと、京陽急行は、バス、電車の順やな。俺のお父ちゃんは、ずっと代替バスで通うとったから」
「大変だったのね」
「まぁ、物が無いなら、無い知恵を絞って工夫するものでな。ラップは、結構、色んな役に立ったわ。皿の上に掛けると、洗う手間が省けるし、タオルやガーゼの上から巻けば、包帯の代わりになるし、捩じって縒り合わせたら、紐になるしな」
「なるほどね。非常持ち出し袋に、入れておこうかしら」
「入れとき、入れとき」
『亡くなったかたの鎮魂への祈りを込め、キャンドルには、多くのメッセージが描かれて……』
「俺も、長田に住んでた祖母ちゃんを、火事で亡くしたからなぁ」
「嫁入り箪笥が、襖を塞いでしまったのよね、たしか」
「そうなんや。まぁ、そうでなくても、ゆれる家から避難できるだけ、体力があったとは思えへんのやけど」
「ただいま」
「おかえり、冬彦」
「おかえり。ネクタイは、どうしたんや?」
「華梨那さんが、記念に欲しいって言うから、あげてきた」
「ブレザーだと、第二ボタンじゃなくって、ネクタイなのね」
「上着やスラックスを、剥ぎ取る訳にもいかんからなぁ」




