第1話「お早う」
「春樹くん、お早う」
「お早う、西園寺」
「もう、『あっちゃん』とは呼んでくれへんの?」
「自分かて、『はるくん』とは呼ばへんやん」
「うちが呼ばへんかっても、自分、呼んでくれて構へんのに」
「高校生にもなって、恥ずかしいわい」
「照れとる、照れとる」
「照れてへん、照れてへん」
「それにしても、なかなか上達せぇへんねぇ」
「何がや?」
「また、ネクタイが駒結びになっとるよ。ちゃんと鏡、見てへんのちゃう?」
「朝の洗面所でちんたらやっとったら、母ちゃんや妹に小突かれるわ」
「五年生やったっけ? 青衣ちゃんも、そろそろお年頃やもんね。でも、高校生にもなってネクタイひとつ満足に結ばれへんのは、どうやろなぁ」
「どうせ俺は、不器用な男や」
「開き直りかいな。それとも、拗ねたんか? あら、不貞寝しとる。『寝ぼすけはるくん』は変わらへんなぁ」
「冬彦くん、お早う」
「お早う、南方さん。今日は間に合ったね」
「昨日、鉄の女から小言を喰らってしもうたから、今日は遅れる訳にはいかへんかってん」
「社会の住吉先生かな?」
「そうそう。それよりも、一組はどこまで進んだ?」
「英語の長文だね。僕のクラスはここまでだよ。二組は?」
「あたしのクラスは、まだここなんよ。ほんで、ここの文を訳せって、バブル姫に言われてるんやけど、ようわからへんねん」
「姫島先生か。ちょっと待ってね。今、ノートを出すから。はい、これ」
「相変わらず、綺麗な字の見やすいノートやね。なるほど。そうやって訳せばええんや」
「ノーヒントで訳すのは難しいところだね」
「ほんま、その通りやわ。ヒントがあれば、どうっちゅうことないのに」
「自力ではヒントに辿り着けない。コロンブスの卵だ」
「英語もそうやけど、数学も大概、意地悪やと思わへん?」
「素直すぎたら、問題として面白くないでしょう」
「せやなぁ。いけずなところが無いと、魅力に欠けるわなぁ」
「何だか、人間性の問題になってきたね」