夏を滅ぼせ、冬を奉れ
名城大学学園祭 個人誌 掲載作品
八月。人々は衣を棚の奥深くへ押しやり、肌着一枚を身にまとい、揚々とした足取りで街へと繰り出す。暑い暑いなどと弱音を吐き、上着の有難味を遥か彼方に置き去りにするのだ。遺憾である。何故君らは夏という傍若無人な悪魔を受け入れるのか。
外へ目を向けてみろ。太陽がギラギラと熱線を地面へ放ち、地上はさながら灼熱地獄の様相を見せている。全く持って不愉快だ。太陽は何故我々を蒸し焼きにせんと画策するのか。全く持って理解し難い。太陽は我々の味方ではないのか。何故冬の寒い時期に限って、太陽は仕事をさぼり、夏に限って一生懸命役目を果たそうとするのか。夏、冬の年に二回程考えるが、未だ答えは見つからない。
世間は言う。
夏だ、海だ、海水浴だと。
待て、よく考えてみろ。
夏だ。それがどうした。
海だ。そんなもの見ればわかる。
海水浴だ。夏から始まり、何故海水浴に落ち着くのか。もっと先まで考えてみれば気付くはずだ。海水浴の先に待ち受けるものは、日焼け、傷んだキューティクル、さらにその先に死が待ち受けているのやもしれない。
我々は思う。夏の先に死が待ち受けているのなら、夏など来なければよいのだと。
我々はさぼりに関しては人のことを言えないので、太陽活動における冬の怠慢については目を瞑ろう。しかし、夏の一念発起。これだけは容認し難い。
これまでの我々の発言が戯言だというのなら、それはそれでよい。世間が我々をどう見ようが勝手である。我々は勝手に夏を敵に回し、冬を崇拝し、全力で夏に抗う所存である。
皆の者、存分にこの八月に、冬を満喫しようではないか。
まず、冬に何を行ったかを思い起こそう。そう、寒さなる感覚を身に刻むという大業を成し遂げたのだった。
雪がしんしんと降りしきる中、半袖半ズボンという装いの我々はアイス十本を早食いしたではないか。寒い寒いとガタガタ震え、最早手足の感覚がなくなりながらも懸命に食らいついた。きっと周りから見れば奇人の集団にしか見えまい。しかし、我々は真剣だった。大真面目だったのだ。
残念ながら最下位となった者を容赦なく、積雪の中へと投げ入れたのは今でも鮮明に思い出せる。投げられた者の断末魔を聞きながら涙を流したのはいい思い出だった。その後、反撃に出た奴から脱兎のごとく逃げたときの心境は心が凍り付くほどの恐怖であった。寒さで思うように動けない中、我武者羅に足を動かした。後で聞けば、我々の動きはさながらロボットのようであったらしい。
成程。冬にアイス、つまり夏らしいものを食べると、我々人類はロボットのような動きをしてしまうという事実を、その時思い知らされた。
冬での経験から、夏に冬らしいものを食べると動きが滑らかになるのではないか、という仮定が立てられる。いかにも理系らしい道理の通った仮定である。この仮定の下、我々は次の実験を行うことにした。
夏に激辛キムチ鍋を暖房入りの部屋で食す。無論長袖長ズボンを着た状態で、である。
まずは部屋の状況を確認しよう。本日の最高気温は三十一度、つまり真夏日である。汗を必死に拭いながら仕事をする会社員の方々を尻目に、我々は多大なるエネルギーを払って実験をしている。学生の本分を大いに満たしていると言っても過言ではないだろう。
五畳半の小さな部屋、その中央にはこたつがある。もちろん上には鍋が置かれている。ふむ。ぐつぐつといい感じに煮えだっているではないか。香辛料の香りが鼻の奥をじりじりと刺激してくる。さすが鷹の爪、いい香りである。タバスコを一瓶入れたのも正解だったようだ。
我々、つまり私を含めた三人は上をシャツ、トレーナー、パーカー、コート、そしてちゃんちゃんこ、下は二重ストッキング、靴下、スキーウェアという奇妙、いや珍妙な出で立ちとなった。素晴らしい。どう見ても夏にする格好ではない。無論冬でもしないが。
最早これまでと死んだ目で、いや違う、いぃやっほぅーと目を輝かせながら我々は鍋に食らいついた。汁をたっぷり含んだ白菜やネギといった野菜、締めに最高のうどん、出汁の利いている汁、素晴らしき素材鷹の爪を次々と口の中に放り込んでいく。むしゃむしゃグツグツという音が室内に響き渡る。
ん? 我々は目を合わせた。何だ。結構いけるではないか。我々の脳裏には余裕の文字が浮かんだ。
しかし、それはたった三秒間のみであった。
断末魔が部屋に響き渡った。
何だこれは、と誰かが絶叫する。鍋以外の何物でもない。というツッコミの声が出なかったのは悔やまれる。舌が焼けるように痛い。さすが鷹の爪、異常な辛さである。タバスコを一瓶入れたのは間違いだったようだ。
我々は床の上でのた打ち回った。ガアァッ! と野獣のような声を上げながら転げまわる。足をコタツに強打し、さらに転げまわる。痛い。我々が何をしたというのだ。ただ鍋を食っているだけではないか。何故痛覚に支配されるのか。
尋常ではない舌と足の痛みと戦いながら、溢れ出す汗という青春の塊みたいなものを拭いながら、同志たちの雄姿を目に焼き付けようと、双眸をカッと見開いた。するとある光景が網膜に映し出された。
奇声を上げながら、二人の日本男子が、もっふもふの服装で、床の上でのた打ち回っている。しかもなめらかな、異様になめらかな動きで、である。
もはや某コンビニのなめらかプリンなど鼻で笑えるくらいなめらかな動きであった。そしてその光景はあまりにも目に毒であった。
三人の目が再び合った。実験完了、とアイコンタクトで確認すると我先にと部屋を飛び出していった。
上記の実験より我々が得た結論は以下の通りである。
夏と呼ばれる季節に鍋をやるならば、熱中症には気を付けるべし。
諸君、我々は例えどんなに無謀な挑戦であろうと、夏という下劣なものに対し真正面から向かっていくことをここに誓う。
これを読んでいる君。もし夏を完膚なきまでに叩きのめしたいと思っているのなら、ぜひ我が「悪ふざけ部」に入りたまえ。他の何処であっても得られない、面白おかしい、いや、素晴らしい青春を送れることを約束しよう。
次は春を敵に回すので期待してくれ。さらば。