君は呟いた
らのまが 2015年 11・12月号 掲載作品
「いつまでこんなことを…」そして、彼は着替えた。
俺は今年から、奈白大学に入る鋤上早馬である。
そして、今日は入学式、高鳴る胸を抑えつつ大学の坂をあがる。
坂では新入生歓迎とかかれた看板を手に、サークルの勧誘をしている。「フットサルを始めませんか?」、「青春を野球に!」、「求む猛者、柔道部」、「初心者大歓迎、吹奏楽サークル!」、など様々だ。途中いくつもチラシをもらったが、高校は進学校で部活動には力を入れておらず、俺は部活はやっていなかった。
この大学自体は初めて来る、入試そのものは別の会場で受けた、そもそも県外から来たから、この地も初めてである。
母校からは自分しかこの大学を受けなかったので、必然的に知り合いはいないし、1週間前に一人暮らし先に来たものの、片付けや準備ばかりで、なかなか外に出る機会もなかった。
「しかし、入学式の会場までは遠いな…。」そんなことを呟きながら会場を探す。入学式は9時からだ が、緊張で眠れず家にいても仕方ないので、四十分も前に来てしまった。
なので、まだ登校してる学生もまばらだ、ところどころ高学年風の神経質そうな学生が、いそいそと実験棟と書かれている建物などに入っていくくらいだ。
「さてここか」やっと入学式の会場のホールにたどり着いた。ホールにはいくつも椅子が並び、仕切りで区切られたスペースや、挨拶に使うのか、マイクの立っている台などがある。
到着している学生はみな、一人で座っている生徒が多い、まだ少ないが女子などは早速隣りに座り、自己紹介をすませ、連絡先の交換などをしている。
男子生徒はほぼ間隔を空け、携帯をいじるもの、会場で配られたパンフレットを読むもの、登校時に配られたサークルの勧誘のチラシを見るもの、瞑想に耽るもの、様々だ。
「サークルか…。」中学では辛うじて卓球部だったものの、人間関係がうまくいかず、1年ほどで辞めてしまった苦い思い出しかない。(まぁ、やらないかな)、そんなことを思いつつ、入学式の時間まで、ぼーっとしつつ時間を過ごしていると、だんだんガヤガヤと人が集まってきた。
友達同士で来ている生徒は、「おまえ、何サークルはいるー?」、その場で友達になったと思われるもの同士は「え、経済なん?一緒じゃーん!」など話しつつ、楽しそうに話をしている。
「良いんだ、これから友達作るから…」
と思ったものの、近くの生徒は早速できた友達同士でワイワイ楽しそうにしており、俺の入る隙間は無さそうだ。
「えー、入学式に参加する生徒は急いでホールに入ってください、間もなく式が始まります」会場の係の 人がメガホンで誘導する。学生たちはゾロゾロとホールに入り始め、いつの間にか一杯になった。
気づくと、スーツを着た司会の男性が壇上にたっていた。「それでは、入学式を開始します。国歌斉唱」いつの間にか仕切りで区切られたスペースに、オーケストラが入っており、君が代が演奏される。
口の中でもごもごと君が代を歌い、演奏が終わると、疲れたように席にすわる。
そのあとも式は進行されていく、俺はなんとなく見回したり、チラシに目を向けながら、式は学校長の話、新入生の言葉、在学生の言葉、等々、なかなか終わらないがじわじわと進んでいった。
「それでは、式を閉幕いたします」司会の人が閉式を告げた。
職員らしきひとが指示を出す。「この後オリエンテーションを始めるので、各学部ごとに分かれてください」
(ふーっ、やっと終わった)、なんとか解放されたおれは、オリエンテーション会場に向けて、とぼとぼと移動する。
(えーっと、農学部は北館301か)よくわからないが、案内係の職員についていく。
着いた教室は五十名ほどはいりそうで、なんというかオンボロだ。教室の前にはホワイトボードではなく、小学校にありそうな黒板、だが机は古いながらも木目の出た長机、しかしいすは残念ながら高校にでもありそうな素朴な椅子である。窓からは中庭が見え、手入れされた芝生や、ちょっとした木々、別の学部の講義棟が見える。
とりあえず前から三列目の適当に席に座る。
まわりは女子と男子が半々くらいだ。生徒の中には俺の入った農学部は50名の定員で学科が一つしかないので、学部全部合わせても二百名程度だろう。
そんなことを考えていると前には職員と教授陣が並び、なにやら話をしている。
「今、人数を確認していますが、どうも一人いないようで」
(初日からいないとは一体どんなやつなんだろう)
すこし不思議に思いながら待っていると、突然教室の扉が開いた。
「すみません、楽器の搬出が終わらなくて遅くなりました!」と女子生徒が飛び込んできた。
驚いたように回りが見ていると肩で息をしながら、席を探している。
「まあ、仕方ないでしょう。前の席が空いてるので座りなさい」と職員に言われ、空いていた俺の席のほうに来た。背中には楽器のケースらしき物を背負い、手にはいくつかファイルの飛び出たカバンをもっている。
「ちょっと、ここ置いていい?」ファイルの入ったカバンを置きたいようだ。
「あ、あぁ、全然いいですよ」今日はじめて人と会話したので少しどもりながら答えた。
「ありがとうねー」
そう答えると、カバンの中をごそごそし始めた。
「あれ、無いなー確かさっき入れたんだけど」
「どうしました?」
「オリエンテーションの紙どっかやったみたい」ごそごそしつつ呟く。
「俺ので良ければ見ます?」初めてこの大学で話す、しかも女子である。ちょっと緊張しながら、オリエンテーションの紙を差し出す。
「ありがとう」そう答えながらかみを受け取る。
「では、オリエンテーションを始めます」
そこから二十分ほど授業の登録方法、各研究室の紹介などで、時間が過ぎていき、最後に健康診断の説明で終わった。
帰ろうと思っていると、
「席ありがとうね、私は月浦伊織、よろしくね」
「鍬上早馬です、よ、よろしく」突然の自己紹介に驚きつつ返事をした。
「鍬上君ねー、よろしく!ねぇ、何かサークルとか入る予定ある?」
「え、いやまだ何も考えてないけど」
「私三月からサークル入ってるんだけど、よかったら見学来ない?先輩たち歓迎するよ!」
「い、いや、俺一人暮らしでまだバイトとかもやってないし、というかマジで何も考えてなくて」突然の話に当惑しつつ答えた。
「ま、ちょっと見学するだけだし、この後予定ないなら案内するから行こうよ」
「まぁ、確かに予定ないけど、というか一体何のサークル?」肝心なことだ、突然誘われても訳もわからないサークルに見学なんて怖い。
「うちはオーケストラだよ、あ、でも全然楽器とかやってなくても大丈夫!先輩も大学入ってから始めた人ばかりだし、一年で入ってるのなんか私だけで寂しいから、見学だけでも行こっ」
「オーケストラって、あのバイオリンとか弾いてるあの?無理無理、音楽もあんまり聞かないし、それに才能ないし」
「才能なんて関係ない!」突然一喝され、周りも何事かとこちらを見た。月浦はちょっと困ったような顔をした。
「あ、ごめん。才能って言葉嫌いなんだ、音楽は才能じゃないよ」そう言うと少し悲しそうな顔をした。
「なんかごめん」一びっくりして謝った、女子から一喝されるとは思わず、また恥ずかしくもあった。
「良かったら部室だけでも来てよ、私案内するから、ね」
「じゃあ、ちょっと行くだけでいい?」
「もちろん!」
しかし、まさかこれが俺の大学生活、そして人生を大きく変えるとはこの時は思ってもいなかった。