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君色レッスンズ  作者: 柏原ゆら
-main story-
5/13

#05

 この日も、郁美は振り替えに来た。どれだけ休んでいるのだろうか。


「ねぇねぇ、莉乃、聞いてよー」


 席に着くなり、郁美が話しかけてきた。話の内容は大体想像できる。今日は、誰の悪口だろうか。

 ふと、昨日の望月の言葉を思い出した。


(……言い返すなんて、できてたら苦労してないよ)


 右隣に座る望月に、心の中で本音を言う。望月は軽々と言っていたが、莉乃にはそんな勇気は無い。あったら苦労していない。この事で、何度悩んだか。


「蛍の事なんだけどさ、なんかねー」


 どうやら、また蛍の悪口らしい。郁美の悪口に、ほどよく相槌を打つ。だが、蛍の悪口だからか、だんだんとイライラしてきてしまった。

 でも、郁美はペラペラと言い続ける。頭の中で、望月の言葉が繰り返された。『言い返しなよ』と微笑む望月。気づいたら、望月が突っ伏したままこちらを見ていた。目が問いかけてくる。言わないの? と。


(……言いたい、言いたいよ。でも、私にそれができるの?)


『日高さんならできるよ』


 そう、返された気がした。でも、望月はもうこちらを見ていない。

 ギュッと、拳を強く握りしめた。


「……の、やめ……い……?」

「え? 何?」

「そういうの、やめない……?」


 やっと、しっかりと出た莉乃の言葉に、郁美は首をかしげた。まるで、何を言っているのかわからない、と言った表情で。莉乃は、そんな郁美をよそに続けた。


「これ以上、蛍ちゃんの悪口言わないで……!」

「ちょ、ちょっと待って。訳わかんないんだけど。莉乃、どうしちゃったの急に?」

「今までのは、郁美ちゃんに嫌われるのが嫌で便乗してただけ。でも、本当は嘘。そう思ってる訳無い。もう、蛍ちゃんの悪口も、先生の悪口も、誰の悪口も言わないで……っ」


 莉乃は、必死に想いをぶつける。すると、郁美は眉間に皺を寄せた。


「なによ、急に! それを言う事こそが、私に嫌われると思わなかったの!?」


 勿論、そんなのわかっていた。だけど、郁美に嫌われるより、大切な友達の蛍や、大好きな先生の悪口に頷いているほうがもっとつらかった。

 莉乃がただ俯いていると、郁美は「もういいっ」と言って去っていった。

 怖かったけど、恐怖より爽快感が残った。


「……お疲れ様」


 望月が優しく声をかけてくれた。莉乃は、何も言わず頷いた。




「望月君っ」


 授業が終わると同時に、早々と立ち去る望月を引き留めた。当の本人は、不思議そうに見つめてくる。その瞳を見つめかえした。


「この後って、時間ある……?」

「あるけど、何で?」

「自習室に残って、一緒に勉強しないかなって思って。ほら、望月君っていつも寝てるし、……今日のお礼も兼ねて」


 どうかな……?と、莉乃は不安そうに訊ねる。すると、望月はフワッと微笑んで「いいよ」と答えた。

 そうして、莉乃と望月は、人の少ない自習室で勉強を始めた。


「望月君って、高校どこ志望してるの?」

「んー、特にまだ決めてないかな」

「そっかぁ……」


 一緒だったらいいな、なんて思ったり。たぶん、これもお礼か何かの印だろう。

 ふと、望月のノートが目に入った。問題が解かれているが、殆どあっていない。『天才』と言っていたのは何だったのだろうか。


「結構間違ってるね……」

「あー、あはは。そうだね」

「よかったら、私が教えようか……?」


 思いきって訊ねてみると、望月は快く「じゃあ、お願いしようかな」と言ってくれた。思わず、笑みが零れる。

 それから、莉乃は望月に勉強を教えた。意外と習得が早く、スラスラと進んでいった。

 一通り終えた二人は、同時に伸びをした。


「日高さん、教えるの上手いね」

「そうかなぁ。望月君が覚えるのが早いんだよ」


 これでちゃんと授業に出たら、もっと頭が良くなるに違いない。莉乃にはそう思えた。


「一回だけ、ちゃんと授業に出てみたらどうかな?」

「……そうだね。睡魔が襲ってこなければ」


 望月は微笑む。つられて、莉乃も微笑んだ。

 睡魔が襲ってきませんように、と願う莉乃であった。

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