#05
この日も、郁美は振り替えに来た。どれだけ休んでいるのだろうか。
「ねぇねぇ、莉乃、聞いてよー」
席に着くなり、郁美が話しかけてきた。話の内容は大体想像できる。今日は、誰の悪口だろうか。
ふと、昨日の望月の言葉を思い出した。
(……言い返すなんて、できてたら苦労してないよ)
右隣に座る望月に、心の中で本音を言う。望月は軽々と言っていたが、莉乃にはそんな勇気は無い。あったら苦労していない。この事で、何度悩んだか。
「蛍の事なんだけどさ、なんかねー」
どうやら、また蛍の悪口らしい。郁美の悪口に、ほどよく相槌を打つ。だが、蛍の悪口だからか、だんだんとイライラしてきてしまった。
でも、郁美はペラペラと言い続ける。頭の中で、望月の言葉が繰り返された。『言い返しなよ』と微笑む望月。気づいたら、望月が突っ伏したままこちらを見ていた。目が問いかけてくる。言わないの? と。
(……言いたい、言いたいよ。でも、私にそれができるの?)
『日高さんならできるよ』
そう、返された気がした。でも、望月はもうこちらを見ていない。
ギュッと、拳を強く握りしめた。
「……の、やめ……い……?」
「え? 何?」
「そういうの、やめない……?」
やっと、しっかりと出た莉乃の言葉に、郁美は首をかしげた。まるで、何を言っているのかわからない、と言った表情で。莉乃は、そんな郁美をよそに続けた。
「これ以上、蛍ちゃんの悪口言わないで……!」
「ちょ、ちょっと待って。訳わかんないんだけど。莉乃、どうしちゃったの急に?」
「今までのは、郁美ちゃんに嫌われるのが嫌で便乗してただけ。でも、本当は嘘。そう思ってる訳無い。もう、蛍ちゃんの悪口も、先生の悪口も、誰の悪口も言わないで……っ」
莉乃は、必死に想いをぶつける。すると、郁美は眉間に皺を寄せた。
「なによ、急に! それを言う事こそが、私に嫌われると思わなかったの!?」
勿論、そんなのわかっていた。だけど、郁美に嫌われるより、大切な友達の蛍や、大好きな先生の悪口に頷いているほうがもっとつらかった。
莉乃がただ俯いていると、郁美は「もういいっ」と言って去っていった。
怖かったけど、恐怖より爽快感が残った。
「……お疲れ様」
望月が優しく声をかけてくれた。莉乃は、何も言わず頷いた。
「望月君っ」
授業が終わると同時に、早々と立ち去る望月を引き留めた。当の本人は、不思議そうに見つめてくる。その瞳を見つめかえした。
「この後って、時間ある……?」
「あるけど、何で?」
「自習室に残って、一緒に勉強しないかなって思って。ほら、望月君っていつも寝てるし、……今日のお礼も兼ねて」
どうかな……?と、莉乃は不安そうに訊ねる。すると、望月はフワッと微笑んで「いいよ」と答えた。
そうして、莉乃と望月は、人の少ない自習室で勉強を始めた。
「望月君って、高校どこ志望してるの?」
「んー、特にまだ決めてないかな」
「そっかぁ……」
一緒だったらいいな、なんて思ったり。たぶん、これもお礼か何かの印だろう。
ふと、望月のノートが目に入った。問題が解かれているが、殆どあっていない。『天才』と言っていたのは何だったのだろうか。
「結構間違ってるね……」
「あー、あはは。そうだね」
「よかったら、私が教えようか……?」
思いきって訊ねてみると、望月は快く「じゃあ、お願いしようかな」と言ってくれた。思わず、笑みが零れる。
それから、莉乃は望月に勉強を教えた。意外と習得が早く、スラスラと進んでいった。
一通り終えた二人は、同時に伸びをした。
「日高さん、教えるの上手いね」
「そうかなぁ。望月君が覚えるのが早いんだよ」
これでちゃんと授業に出たら、もっと頭が良くなるに違いない。莉乃にはそう思えた。
「一回だけ、ちゃんと授業に出てみたらどうかな?」
「……そうだね。睡魔が襲ってこなければ」
望月は微笑む。つられて、莉乃も微笑んだ。
睡魔が襲ってきませんように、と願う莉乃であった。




