アヒージョ
最近、人間のお客さんばかりだったけど、今日は久し振りに魔物のお客さんが来てます。
ブランとは古い知り合いみたいですが、私がここで働き始めてからは初めて来たみたいで、ブランは普段より楽しそうです。
えっ? いえ、お客様ですし? ブランが楽しそうなのは私も嬉しいですよ? うん。
でも……。
「そう言えば聞いたわよブラン。人間と勝負して負けたらしいじゃない?」
「えーもう知ってるの?」
嫉妬じゃない……嫉妬じゃないよっ!?
ただ、何となく……ね。
「もう、昔からぼんやりしてる所は変わらないんだから……。まぁ、そこが良いところなのかも知れないけど」
……随分仲が良いようで。
彼女、リラはまだ日が沈み切らぬ時間にふらっと現れ、常連達も帰宅する時間になっても、カウンターでゆったりとグラスを傾けながらブランとの会話に花を咲かせている。
それにしても……リラが『魔物』って事は分かるんだけど、何の種族何だろう? 完璧に人型をとっているから良く分からない……。
ぼんやりと見つめていると、リラの柔らかい視線がすっと私を捉える、そのままガバッと抱き付いてきた。
「うっふふ! つっかまっえたー! ねぇブラン? こんな可愛い子どこから拾ってきたのー?」
すらっとした腕に長い指、黒に近い蒼の、腰を優に越す程に長い髪。
ブランと似た雰囲気の瞳が、艶っぽく横に流した前髪の奥から覗いている。
同じ女性から見ても、振り返りたくなるほど妖艶な美貌の持ち主。
そのせいで少し話しかけにくい印象だけど、口を開けばブランと似たちょっと抜けた感じ。
現に今も私に後ろから抱きついたまま、子供を可愛がるように私の頭に頬を擦り付けている……。
「えへへ、良いでしょ? ユリカ可愛いでしょ? でもあげないよー?」
二人で孫を可愛がるかのようにデレデレと私を褒めちぎる。
もー息ぴったりじゃないのっ。
「ねぇブラン、アレ食べたいアレ。えーと……そうそうアヒージョ! アヒージョ食べたいー」
リラは突然思い出したようにそう発する。
ブランもリラも、お酒が入っているからかふわふわとした会話になっている。
「えー。今キノコ切らしてるから嫌ー」
「採ってきてー」
私を抱えたままリラは慣れた様子でブランに可愛く駄々をこねる。
それでも首をコテンと倒し渋った様子を見せるブランに、トドメと言わんばかりに『ね? お願いー』っと可愛くねだる。
「うーん……もぉ、分かったよ。ちょっと採って来るから待ってて。その代わり今度来る時、お土産持ってきてよー?」
おお押しに弱いよブラン!
押し負けたブランは外套をさっと羽織ると、裏口からふらふらと出て行った。
店内には私とリラ、それと酔いつぶれて寝てしまったお客さんだけ。
きっ気まずい……!
えっ? ただのお客さんなのに何で気まずいんだろう?
そんなモヤモヤした気でいると、リラがお酒のグラスをカランと鳴らし、優雅にテーブルから持ち上げると流れるように口に運ぶ。
「……ねぇ、ユリカ? そんなにピリピリしなくても私とブランはそんな関係じゃないわよ?」
「えっ……?」
一瞬ドキリとし、リラの顔を見上げる。
すぐ側には面白そうに、でも少し意地悪そうな笑みを浮かべるリラが居た。
「ブランとは彼が世界中を回って食材を集めてる時に出会ったの。もう何百年も前……ん? 何千年かしら?」
時間の感覚が大雑把なのもブランにそっくりね、リラ。
「たまたま彼が海に来た時に会ったの。私はあまり海から離れないから会ったのは本当に久し振りね」
遠い目をしながら思い出すようにぽつりぽつりと話していく。
「久し振りに会ったら人型でびっくりしたわ! 多分お互い様だけどね。だからそんな疑うような関係じゃないわ。友達? 腐れ縁? んー……あっ! お父さんって感じかな?」
「ぶっ! あはははっ何それ全然伝わらないよっ!」
腹の底から笑い転げる私を、楽しそうに眺めながら『えーおかしいな、ぴったりだと思ったのに』なんて言い出すのものだから、余計に笑いが止まらない。
「なんだー。そっか、ごめんなさいリラ。変に勘ぐっちゃって」
ひとしきり笑い倒してから、ようやく落ち着いた私は、まだ大真面目に考えているリラにそう伝えた。
すると、とびきり嬉しそうに笑うと『それにね…』と耳打ちを始める。
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「ただいまー。……あれ?」
程なくしてブランが帰ってくる頃には、すっかり意気投合した私達は、女子話で盛り上がっていた。
「あっブランお帰りなさーい! アヒージョの準備ばっちりしておいたから、後はキノコ入れるだけだよ!」
両手に溢れんばかりのキノコを抱えて、不思議そうにしていたブランだったが、すぐいつも通りの柔らかい笑顔になり調理を始めた。
もうすでに粗方準備はしておいたので、直ぐに完成した。
「これこれー! いっただっきまーす!」
じゅうじゅうと音を立てるたっぷりとしたオイル。
リラはキノコを一つ刺すと、はふはふと一口頬張る。
「あっふい! あふっあふあふ!!」
待ちきれずよく冷まさずに頬張ったリラは、まるで子供のようにパタパタと口を仰いでいる。
「んー……! おいっしー! 肉厚キノコがたっぷりオイル含んでジューシー……! キノコ自体も美味しいけど、ニンニクと鷹の爪がまた……」
「ニンニク? タカノツメ?」
美味しい美味しいとはむはむ頬張るリラだけど、何個か分からない単語を発した。
「あぁそっか。あのねユリカ、リラは転生者なんだよ。ニンニクと鷹の爪は異世界での名称らしいよ」
「えっ!?」
前からブランに聞いていたけど、まさか本当に会えると思わなかった!
呆然と見つめていると、いつの間にかぺろっと平らげたリラが満足そうに伸びをしていた。
「満足ー! ブラン、今日はありがと! また近いうちに遊びに来るわっ」
「はははっ相変わらず気まぐれだね。はい、お土産のおにぎり。次はいっぱいお土産待ってるからね」
食べ終わったと思った矢先、もう帰ると言うリラ。
それが当たり前なのか、ブランは普通に受け止め、お土産まで渡していた。
こうして嵐のようにリラは去っていった。
「ねぇ、そう言えばさっきリラがブランの事『お父さんみたいな感じ』って言ってたよー」
カチャカチャと洗い物をしながら、ふとさっきの事を話す。
「えーそれはさすがに傷つく、って言うか複雑。まぁ結構……かなり? 歳だけど、僕まだ子供いないよぉ」
珍しく目を見開いてブランが驚いている。
少し不満そうに頬を膨らませているブランを横目に、話を続ける。
「リラってリヴァイアサンだったんだね。だから海からあまり出たがらない訳だよね」
さっきブランが帰ってくる前にさらりと自分で言っていた。
世界の成り立ちから存在する世界樹の竜ブランと、海の竜リヴァイアサンのリラ。
傭兵とかだったら喉から手が出る程の二人が揃ってたんだね。
ふふっと笑みが零れた時、ふとリラが言っていたことを思い出した。
「ん? ユリカどうかした?」
洗い物を終え、棚に閉まっていたブランが不思議そうに振り返っている。
私は人型から元の花ウサギの姿に戻ると、思いっ切りブランに向かって飛びついた。
「えっ!? どうしたのユリカ? ふふふ……」
ブランは飛びついた私を当たり前のように受け止め、私を抱えたまま普通に作業をしている。
『それにね、ブランあなたの事すごく大切に思ってるはずよ? 私初めてブランが長く一人の人と一緒に居るの見たわ。試しに飛びついてごらん? 彼、絶対に嬉しそうに受け止めるから』
リラが嬉しそうに耳打ちしていた事を実践してみた。
ブランは存在自体が強大すぎるから、他人に触れるのをあまり好まない。
壊しちゃいそうで怖いとか昔聞いた気がする。
それでもリラの言った通り、嬉しそうに私の頭を撫でながら抱えている。
うふふっ。まんぞくー。