ハーブティー
ゆったりとした時間が伝わればいいなと思って。
ここブランのお店は、世界樹の第四の遺跡にある。
秘境とも言える場所にある為、新規の客は滅多に来ないし、常連と言える者もほんの一握りしか居ない静かな空間だ。
この店は不思議な事に営業時間の概念が無いのか、ふらっといつ訪れてもブランは当たり前のように笑顔で迎え入れてくれる。
今日も太陽がまだその眠そうな顔を出して間もない時間、普段ならまだ家でもう一眠り、と思っているであろうこの時間に、ついふらっと来てしまった。
「あっ、おはよーミリアさん」
扉を開けると案の定、ブランはこんな時間にふらりと訪れた客に驚きもせず、ゆったりとした仕草でカウンター席から立ち上がり席を勧めた。
「おはようございますブランさん。……ふあぁ~……」
先日私は世界樹の遺跡調査に挑戦し、滑落した所をバジリスクに助けられここに連れてこられた。
それから私は朝早く目が覚めた時につい来てしまうお気に入りの場所になっていた。
すっかり日課になりつつある為、自宅で朝食を食べる感覚な私は、だいたい起き抜けの夜着のまま来店すると言う普通なら有り得ないお客さんだ。
ブランが何にも言わないし、早朝は他のお客もユリカも居ないからすっかりズボラになってしまった。
「何にする? 今日は良いハーブが手に入ったからハーブティーがお勧めだけど」
「じゃあそれお願いします」
早朝に訪れた時は、何も食べずお茶だけ頂くのが決まりになっていた。
私としては空気の澄み切った世界樹で、優雅に朝からティータイムなわけだけど、お店からしたら迷惑なお客よね。
ブランは笑みを浮かべると、優雅にその長い指でハーブを二、三種類摘みポットに入れると、ゆっくりとたっぷりのお湯を注ぐ。
私はこの瞬間が好き。
新鮮なフレッシュハーブは、お湯を注いで直ぐは色も香りも変化は無い。
愛らしいフォルムのガラスポットをじっくりと眺めていると、たっぷりのお湯に優雅に泳ぐハーブから徐々に香りが立ってくる。
街ではあまりハーブの種類がない。
そもそも貴族様や皇室の料理人が料理に多様するだけで、あまり馴染みは無かった。
「はいどうぞ。好みで砂糖とかジャムとか入れてね。必要ならドライハーブで煮出しても良いよ」
ブランがトレイにポットとカップ、それに砂糖とジャムと少しのお菓子を乗せてカウンターから出て来た。
これも私がワガママを言ってやってもらってる事の一つ。
『隣に座って一緒にお茶をする』だ。
いや、変な意味は無かったんだよっ? ただ朝二人しか居ないから良いかなって思って提案したんだけど、これがまた照れる……。
ブランはなれた様子で隣に座ると、ガラスのカップに控えめな量のハーブティーを注ぎ、コトリと私の前に置く。
ふわりと爽やかな香りがカップの中から立ちこめてくる。
「いただきまーす」
こくっ
まずはそのまま一口。
鼻に抜ける清涼感。朝には最適な目の覚める体に染み渡る味。
甘くも無く、どちらかと言ったらほろ苦いハーブティー。
でも不思議とリラックス出来る味。
「美味しい……。でもこの前のハニーアップルティーも好きだなー」
一口飲んで、ほうっとしながら何の気なしにブランに話しかける。
「ふふふっ、それはただ甘いから好きなんじゃないの? そこにあるよ、ハニーアップル」
カップを優雅に口に運んでいたブランがくしゃりと笑うと、カウンターの奥に手を伸ばし小さな入れ物をとり、中身を少し別の小さなポットに入れる。
「はい、どうぞー。そこの蜂蜜にシナモン混ぜてあるから入れてね。美味しいよー」
何の気なしに言った言葉だったのに、ブランは直ぐそれを目の前に出してきた。
「凄いねぇ、魔法みたい……」
ぽつりとついて出た言葉にブランがきょとんとした顔で固まっている。
そのあまりにも絵に描いたようなきょとんとした顔に、思わずお茶を噴き出しそうになった。
「魔法? 見たいの?」
「ブランさんさ、そのちょっとヌケた所さえ無ければ完っっっ璧に良い男なのにね……」
ちょっとズレた発言とお茶に癒されてるからそのままでも良いんだけどね。
蜂蜜シナモンを溶きつつ、未だに真剣にさっきの話を考えてるブランを見ていると、今日も一日頑張れそうな気がしてくるわ。
後でハニーアップルを少し分けて貰おうと思いつつ、もう少しブランで楽しんでおこうっと。