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牛肉

ご飯要素…うん、ギリギリある・・・よ?(遠目)

「……絶対無理だって。最初から分かってたんだよ」

「諦めるな……頑張ればどうにか……」

「今日は良い天気で良かったねー」


 世界樹の上で楽しそうなブランに対し、大の大人達が死屍累々となっている理由はちょっと前に遡る。


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「ねぇブランさん! ブランさんと父様ってどっちが強い!?」


 きっかけはわが子の些細な一言だった。


「ん? ディルさんと? んー……ディルさんのが強いんじゃないかなー? だって隊長さんでしょ?」


 ブランのその一言で店内に居た常連達が静まり返り、ゆっくりと俺の顔を見る。


 ……何を言ってるんだこの人は。


「だよねだよねっ!? でも父様はブランさんのが強いって言うんだよ!?」


 ……何を言ってるんだ息子よ。


 常連達の顔が段々にやけていくのが分かる。……嫌な予感しかしない。

 そう思った矢先、予感が的中したのか常連の男、傭兵のグレンが立ち上がり嬉しそうに口を開く。


「ならブランさんとディルで勝負しようぜ!」

「っば……!?」

「うん、いいよー」


 何も考えてないのかすんなりと了承をしたブランのせいで、俺が否定する隙も無く勝負が決定してしまった。

 息子と常連の男達は立ち上がる程歓声を上げて盛り上がっている。完全にやられた。

 わざとらしくも大盛り上がりしているこの状況で『やりません』なんて言える分けもねぇ。くっそグレンの奴、後で覚えてやがれ。


 さくっと済ませたいのだが、常連共となぜかユリカまでもが一緒に『本気で俺が勝てるモノ』を模索し始めてしまった。


「なぁブランさん、もしディルが勝ったらどうするんだ?」


 早々に考えるのに飽きたのか、散々常連共を焚き付けたグレンがブランに問いかける。


「そうだね……。鱗と角と爪、どれが良い?」

「何か……違う」


 大真面目にとんでもない事を言うブランに冷静に返すグレン。


「えー? じゃあ……勝ったら食事一回分無料? 一日僕貸し出し権?」


 すると、うなっていた常連共の動きが止まり、勢い良くブランに飛びつく。


「なぁブランさん! それってディルじゃなくて俺達がやっても良いのか!?」

「細かいルールは!?」


 寄って集ってブランを人形のようにガクガクと振り回しながら、常連共は当初の目的と全く違う所に着地した。タダ飯タダ酒が目的か……。


「ふふふっ。何でも良いよ? 痛い事は嫌だから……鬼ごっこでもする? 僕を捕まえた人の勝ち」


 全員の目が『鬼ごっこならいける……!』って言ってたな。この時は。



 で、今に至るのだが……。


「ぜんっぜん捕まんねぇ……」


 寄って集って飛び掛ったり、隙を突いてこそこそ近付いても無駄。


 形容するなら花弁か蝶か水か……。

 掴み所も無くふわふわと舞い、男共の間をひらひらとすり抜けて行く。

 その跳躍力はずるい……。


「良い運動日和だねー。最近動いてなかったから鈍ってたんだよね」


 どこがだよ。

 息一つ乱さず楽しそうにいつも通りの笑顔を浮かべてる奴がよく言うよ。


「やっぱりさ、『知恵ある獣』と遊ぶのが一番楽しいんだよね。『力の獣』は突進してくるだけだからね」


 コロコロと笑いながらそう言うと、本気で楽しいのか気を抜き過ぎてちょっと角が見え隠れしている。


 って知恵ある獣か……。


 近くに転がってるグレンを踏みつけて起こす。


「痛って! なにす……」


 傭兵の癖に体力のない奴だな……俺の部下だったら即鍛えなおしてるところだ。

 そんな事を思いつつ、卑怯とは思いつつも『知恵ある獣』なりの『何でも有り』な鬼ごっこをする事にし、グレンにその話を持ちかける。

 グレンは不敵な笑みを浮かべ、すぐに準備に取り掛かる。

 その間俺は時間稼ぎっと……。


「ブランさん、そんなに鬼ごっこやってたのか?」


 飛び掛りつついつも通りの会話をする。


「うーん、昔は結構やったかも。西の国の最初の皇帝もよく鬼ごっこしろーって来てたよ? 鱗あげるまでずーーっと!」

「ははっ……マジかよ……」


 西方の初代皇帝って歴史に残る剣豪だぞ? つかそんな感じで鱗もって帰って来たんかい。歴史が書き換わるわ。

 危うく戦意喪失しかけたところに、グレンの合図が入った。……仕事速いな。少し見直したぞ。


 そのままブランを店の入り口近くまで来るように誘導してっと……今だ!


「きゃぁぁああぁぁぁぁぁあああぁ!!!」

「……っユリカ!?」


 店の中からユリカの悲鳴。

 ブランの顔から笑みが消え、店の扉に飛び込んで行く。


「はいっ! ブランさん捕まえたー!」

「ふぇ!?」


 店の入り口に隠れていたグレンと何人かで、さっきまでとは比べ物にならない速さで店に飛び込んだブランを網で生け捕りにしていた。

 って網って……。


 網の中でぽかんとしているブランの前に申し訳無さそうにユリカがしゃがみ込む。


「えっとぉ……えへ☆」

「……えー」


 そう、ユリカにお願いして軽く一芝居打ってもらった。

 さっき楽しそうに男共と何で勝負するか考えてたユリカならこっちの誘いに乗ると思ったが、まさかこんなにあっさり協力してくれるとは。


「えーずるいよー。初めて鬼ごっこで負けた……もぉ、しょうがないなー今日はみんな好きに食べて行って」


 現状を把握したブランは、少し困ったような笑みを浮かべながら網の中でモゾモゾとしていた。


「しっかし……。なぁグレン? 確かに俺は捕まえてくれって言ったが、網って……」

「ばっかお前、あの勢いで突っ込まれたら下手したら大怪我じゃすまないぞ。ユリカ絡みだぜ? ブランさん手加減してくれないだろ……」


 歓喜の声を上げる他の常連共を尻目に疑問だった事をぶつけてみた。

 正直、ブランはユリカ絡みの事はあまり寛容ではないとは聞いていたが、一瞬とは言え動けなくなる程に竜の気を発していた。


「ねぇ、網が角に引っかかって取れないんだけど……この網何で出来てるの? 引き千切って良い?」

「まっ! 待て待てブランさん! ダメダメっそれレンのクモの糸で作った網だから! 奮発して買った俺のとっておきだから切らないで!」

「あ、ごめん。ちょっと切っちゃった」


 通常じゃあり得ない会話が勃発し、店内は余計盛り上がりを見せた。


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「はいっ! どんどん作るからどんどん食べていってね」


 ブランは約束通り、店内に居た客全員に無料で酒と料理を振舞った。

 当初は全員という話では無かったが、久しぶりの鬼ごっこが楽しかったらしくまさかの全員無料になった。


「っぶわぁー! うっまー! 仕事の後の酒は旨いぜ!」

「お酒ばっかりじゃなくて少しは食べてくださいよー? グレンさんにディルさんも」


 そう言うとユリカが常連達が集まっている席に大皿をドンっドンっと置いていく。


「はいっ! 牛のたたきとピクルスいっぱい! 牛のたたきはブランが仕込み過ぎちゃったから持ち帰っても良いよ!」

「おぉぉぉ!」


 ブランの作る料理は知らない物ばかりだ。


 牛のたたきと言って出されたものは、大皿に目いっぱい乗ったスライスされた肉。

 一見表面は火が通っているようだが、中は全くの生肉。

 一瞬手が止まった俺を尻目に、グレンがひょいっと一枚取り上げると、何ら躊躇いも無く口に放り込んだ。


「うっめぇ!」


 一噛みしてすぐ、グレンがそう叫ぶとガツガツと肉と酒を交互に口に運ぶ。

 グレンから『旨い』以外の情報は無く、ただ旨い旨いと食い続けている。


「あっははは。リク君にはこれ、サイコロステーキ。ブランが頑張ってたから柔らかいはずよ」


 ジュウジュウと音を立てる鉄板が、息子の前にコトリと置かれる。

 普段背伸びをし大人と同じものを食べたがる息子に合わせ、しっかりとした肉を出してくれたのだろう。

 息子は満面の笑みを浮かべると肉を一つをフォークで刺し、ゆっくりと口に運ぶ。


「んーーーー!!」


 目を大きく見開き俺をバシバシと叩きながら感動を伝えようとしている。

 息子は目を輝かせモグモグと口を動かしたまま、肉を一つ差し出してきた。


 旨い物、面白い物。


 息子は自分がそう言った発見をした際に、こうやって俺に感動を伝えようとする。

 なので遠慮せずに差し出された肉を頬張る。


 それは俺の想像なんか大きく覆すものだった。


 小さく切りそろえられている立方体の肉は、普段口にする薄いそれなんかより柔らかく、口の中に溢れかえりすぎる肉汁がソースと絡み喉の奥へと流れ込む。

 ソースは濃厚な肉汁に勝るとも劣らぬ存在感であると同時に、後味はさっぱりとしくどくはない。


 これは本当に牛肉なのか? 


 ふっと顔を上げるとリクとグレンをはじめ、常連達もそれぞれに肉と酒を堪能していた。

 ブランはと言うと満足そうにその光景を眺めつつ、常連達に勧められるがままカウンターで酒を飲んでいた。


「リク君の口に合って良かった。じわじわ魔力を注いで柔らかくしてたんだーミノタウロス」

「ミノタウロスゥ!?」


 ふわふわといつもの口調で空気が凍る発言をさらりとする。

 常連達が完全に硬直しているのにも関わらずさらさらと続ける。


「うん。だーーいぶ昔に食肉用に育て始めてね、普通の牛より旨味が強いし体も大きいでしょ?」

「何だそういう事か。てっきりブランさんがその辺の奴を狩って来たのかと思ったぜ!」


 あぁ、酒のせいで正しい判断が出来ていないぞグレン。いや、みんな納得してるようだし良いんだけどな……?


「凄いね父様! ミノタウロスより強いブランさんよりも強いなんて!」


 息子のその無邪気で俺には大変心苦しい一言を浴びつつ、俺は照れ隠しに常連共に食い尽くされる寸前の牛のたたきに手を伸ばす。

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