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番外編) 食材の為なら……! ―きのこ狩り?― 後編

 で、ようやくブランさんの番だ。


「よっし。怪我の無いようにと、俺に怪我させないように」

「ふふふっ。はーい」


 あっ、いつものブランさんの笑い方だ。

 本当にブランさんなんだなーと思いつつ、ニット帽を外し髪をセットし直してやると、ブランさんは嬉しそうに笑いながら肩車を要求。

 そして俺も当たり前のように肩車をする……ブランさん、なんだよな。うん。


 リングへの通路が開き、肩車のまま入場する。

 

 リングの上は更に熱気と歓声が凄い。

 対戦相手も熱気に動揺してるのか、居心地悪そうにしている。


『さぁ! 第三試合は『ディルさんちの子対わんこ』の対決だぁー!! 用意は良いですかー!?』


 うわ、近くで聞くと進行役かなりテンション高かったのか。

 進行役が声を上げた瞬間、びっくりしたんだろうな。肩車中のブランさんが俺の髪を鷲掴みにしたからな。抜くなよー抜くなよー。


 で、すぐに開始の鐘の音が響き渡った。


 すると一瞬びくっとした対戦相手が、何かをさらっと召還した。


「おー! けるべろすのこどもだー!」


 ケルベロスの子供!?

 何でだよ!? いや、そう言う大会か。

 何故か変に感心して俺の頭の上で拍手をしてるブランさん。


 会場の熱気も凄い!

 ケルベロスが出た瞬間今まで以上に盛り上がりを見せ、それに気を良くしたのか、ケルベロスもそれを召還した対戦相手も顔が緩みきっている。


『……ディルさんちの子選手ー? 召還して下さーい?』


 はっ!

 完全に忘れてた!


「ブ、ブランさんっ」

「はーい! がっおーー!」


 何か間の抜けたかけ声が聞こえた後、背中がずっしりと重くなり、ついでに歓声もピタリと止んだ。


 取りあえず俺はそのまま動かず、進行役の出入り口かと思われるガラス戸に視線をうつし、自分の姿を確認する。

 

 ガラス戸に映ったのは、のっしりと俺の頭の上に顎を乗せ、俺の体に一周巻き付けた長い尻尾の先端を、リングの上で犬のようにふりふりと振っている不思議な竜の姿。


 要は俺の背中に竜がぴったりと張り付いた状態だ。

 

 何でだよ! まず降りようブランさん!?


 そんな俺の思いをよそに、一瞬で静かになった会場と相手選手の様子が気になるのか、ブランさんは俺の頭の上できょろきょろ周りを確認しているようだ。

 しかも動く度に、俺の両肩に引っかかった爪が地味に痛い。

 

「ブランさん……ちょっと重い、あと痛い」

「わあっ。ごめんごめん」


 ようやく降りてくれる気になったようだ。

 ブランさんが少し前足に力を入れたと思ったら、そのままばさりと翼を広げ、俺の頭の少し上の辺りに舞い上がった。


 するとブランさんが舞い上がったのを見た客席と進行役が、同時に立ち上がり大歓声を上げた。


 その気持ちは痛いほど分かるがびっくりした、と言うかうるせぇぇ!

 客席が円形のリングを囲むように造られているせいか、音が集中するらしく頭が締め付けられていると錯覚するほど脳に響く。


「えっ、なに!?」

「ちょっ……! 落ちつ、ぐえっ!」


 自分が動いた瞬間に大歓声がわいてびっくりしたのか、頭上にいたブランさんが俺目掛けて降ってきて、また背中にくっついた。

 

 幼体で良かった……! ブランさんが成体だったら今の即死だったぞ?

 これは厄介な事になる前に早く終わらそう。


「ただ竜の子供が珍しいだけじゃないか? 早く終わらせて静かな所に行こう……」

「うっうん、わかった」


 びくびくしながらも再びブランさんは舞い上がり、迷うこと無く硬直しているケルベロスの上にどっしりと着地した。

 ケルベロスは完全に伏せの形で押しつぶされ、身動きがとれないようだ。


 いきなり目の前に竜が降ってきたケルベロスを召還した対戦相手も、腰が抜けて動けないようだ。


『えっと……。勝者、ディルさんちの子選手ー!!』


 ようやく仕事を思い出した進行役が判定を言った瞬間、俺はブランさん目掛けダッシュ!

 そのまま竜の姿のブランさんを抱え、控え室まで一目散に帰った。


 今思ったが、俺も人型のブランさんも観客に見られたって事は、もうゆっくり外の屋台で飯を食うなんて出来ないんじゃないか?

 マジかぁ……。 

 その後すぐ、選手の控え室で項垂れる俺達の事情を察したのか、運営側が特別に一部屋控え室にと貸してくれた。

 ついでにブランさんのは無かったが、俺用の帽子やらローブやら変装するものは貸して貰えたので、どうにか屋台で買い物をして来る事に成功した。

 

 まぁその後悲惨だったのは屋台で知り合いに会った事位だ。うん。


 専用の控え室が貰えたからか、ブランさんはもう人型に戻る気は無いらしい。

 ちびっこい竜の姿のまま、扉の隙間に鼻先を突っ込んで試合鑑賞中。

 定期的に床を掃き掃除するかの様に動かしている尻尾は、もはや犬にしか見えん。


「おっ? ブランさん、今買って来たパン、肉やら野菜やらの薄切りが入ってて美味いぞ?」


 ぐったりと椅子に腰掛けながら、一人寂しく屋台で買って来たパンをかじっていたが、これは当たりだったかも知れない。

 ブランさんに話しかければ、先程まで扉に突っ込んでいた鼻先をあっさりと抜き、嬉しそうにばたばたと走り寄って来た。


「えっ? どれどれ? たべるー」

「ちょっ、分かったからよじ登らんでくれっ! はい、ここにお座り!」


 まさに犬のしつけだな……。




 その後はダラダラ過ごし、肝心の試合は石喰い鳥やライカン(人狼)、デュラハンやトレントなんて、多岐に渡る魔物と遭遇するも難なく勝ち進み、ようやく決勝にまでこぎ着けることが出来た。

 結構早い段階で気付いたんだが、この大会『珍しい魔物』って指定だった気がするが、蓋を開けたらただの実力だけの試合だったような……。




 んで、今目の前に居る決勝相手は。


「りら?」

「あら、ぶらんじゃない?」


 宙に浮かぶ、不思議な水の球に入った小さなリヴァイアサン。

 

「おや、ディル殿……」

「あ。こりゃどうも、ノルベルトさん……」


 決勝の相手はノルベルトさんとリラちゃんだった。

 

 ノルベルトさんはリラちゃんの後ろで心底不思議そうな顔で立ち尽くしているが、俺としてはノルベルトさん達の方が場違いな気がする。

 北方の美食家が何でまた……って、マッシュラビット目当てに決まってるか。美食家としてみれば欲しがるのも納得だが、まさか決勝で身内にあたるとは。


 聞けばノルベルトさんは国から『マッシュラビットをどうにか人の手で繁殖させる事が出来ないか』と以前から相談されていたらしく、今回リラちゃんに相談した所、ブランさんと同じ事をして戻って来たそうだ。

 確かにマッシュラビットは何度でもキノコを採る事が出来るらしいから、飼育出来れば市場が賑わうな。

 と、まぁそんなこんなでみんなの目的は一緒だった訳で……。


「よし、さっさと終わらせようぜ。ほらブランさん、火吹け火。雷でも良いぞー」

「ちょっと! なんてこというのよでぃるさんっ!」


 リヴァイアサンだから火も雷撃も嫌いなんだろうな。物凄い形相で逃げられた。

 まぁ目的の物は手に入りそうで良かった良かった。




 その後、水の球に入ったまま逃げ惑うリラちゃんと、それをふわふわと追いかけるブランさんの姿を散々眺めさせられ、最終的にリラちゃんがノルベルトさんに助けを求めリタイアすると言う、なんともすっきりしない決勝内容だった。

 事情を知ってる俺とノルベルトさんでさえすっきりしない終わり方だったが、観客はそりゃもう不満そうだった。

 歓声で湧いていた会場は、リラちゃん逃げ惑った辺りから次第に不満に変わり、最終的にはクレームだけじゃなく物も投げ込まれる始末。


 リラちゃんが怒り出す前に逃げですので精一杯だった……。何とかブランさんとマッシュラビットは持って帰ってこれたが、今後西方との関係に影響が出そうだな。


 で、今はマッシュラビットから採取したキノコを使って祝勝会をする事になり、その準備中だ。


「このまっしゅらびっとへんしゅじゃないかな? にしゅるいはえてるのはじめてみた!」

「しかもなめことまいたけよっ! ぶらん、なめこのおみそしるつくって!」


 うん。『はじめての料理』って感じの光景だ。

 目の前に居るのは、フリルとリボンがたっぷりあしらわれた、白と青のコントラストが綺麗なワンピースを纏ったリラちゃんと、シンプルな白いシャツと、華奢な体に拍車がかかって見えるぶかぶかな膝丈のズボンを穿いたブランさん。

 慌てて逃げたせいでバレットさん達の所ではなく、直接世界樹に帰ってきてしまった為二人ともまだ子供の姿のまま。

 だが二人ともそんな事気にも留めて無いのか、自分と同じ位の大きなマッシュラビットを撫でながら丁度良い大きさに育ったキノコを収穫し、楽しそうにメニューを決めている。


 それにしても、ナメコとマイタケと言ったか? ウサギの背中にびっしりと生えている二種類のキノコは、正直に言ってしまえば気持ちが悪い……。ひらひらした形の大きなキノコの隙間に、びっしりと小さなつぶつぶしたキノコが生えてて、食欲減退どころの騒ぎじゃない……。


「ブラン、お店の奥からお味噌持って来たよー! お味噌汁はなめこ以外にも何か具材入れる?」

「たしかおとうふとねぎがあまってたから、いっしょにいれちゃおう。まいたけは……てんぷら?」

「お、揚げ物ですか。ではマイタケの他に、野菜と魚も準備しましょう」


 気にしているのは俺だけのようだ。

 みんな何事も無かったかのようにさくさくと準備を進めている。


 完全に出遅れてしまった。

 各々自分の出来る事をしている中、俺だけが何も出来ずにいる……!


 目の前では、ブランさんが小さな手でざくざくとネギを刻み、それが終わればノルベルトさんが店の奥から出して来た野菜と魚を捌き始める。見ていて怖い気もするが、手つきはいつものブランさんと同じで、するするとこなしてしまう。


 ユリカは鍋に……確かカツオブシだったか、を入れ、出汁をとっているらしい。


 以前出汁のとり方をブランさんがユリカに教えていたのを見たが、あの時はキツネウドンだったな。

 最初にとれた一番出汁とか言う物でウドンの汁を作り、二番出汁でアブラアゲを煮ていたんだったか。一番出汁と二番出汁ではスープの色見も違うが、香りや味も変わるらしい。

 理由も違いも分からないが、キツネウドンを作る時のブランさんのこだわりらしい。

 俺的にはカツオブシからとれる出汁も勿論好きだが、カツオブシ自体に味付けしたオカカも捨てがたい!

 あの出汁をとり終わったやつで良いから作ってくれないかな……。

 

 っと、キツネウドンに思いをはせていたら、もうマイタケを揚げ始めている!

 テンプラは何回か食べた事があるが、この揚げている時のカラカラとした音がまた、食欲そそる良い音なんだよなぁ。あぁ、よだれが出て来た。


 ん? でもエビや魚、野菜のカキアゲは食べた事あるが、キノコのテンプラは初めてじゃないか?

 んー、また塩と天つゆどちらで攻めるか悩まないといけないのか……!


「ディルさん、大丈夫? お味噌汁出来たけど……」

「ん? あぁすまない、もらうよ」


 いかんいかん、変なところを見られてしまった。

 それにしても、やはりミソシルは手早く出来るのが魅力的だな。

 予め出汁をとって準備さえしておけば、ちょっとした炒め物を作っている間に出来てしまう手軽さ。

 それなのに安定の美味さ! 一口飲んだ瞬間の香る出汁と、どこか懐かしいミソの味。美食家のノルベルトさんでさえ、変に凝ったスープなんかよりもシンプルなミソシルの方が好きだと言っていたのを聞いたことがある。

 

 さて、そんな事を考えてないで冷める前にミソシルを頂こうか。何もしてない俺が最初に食べるのは少し気まずい物だがな。

 まず最初はスープを一口っと……うん! 美味い!

 ブランさんのと比べると、ユリカの作るミソシルはミソも出汁もかなり濃いな。

 ほんのり出汁香るブランさんのミソシルは、たまにコーヒー感覚で飲みたくなる心地良い物だが、ユリカのは完全に飯のお供って味だ。飯をがつがつ食いたくなる、新人の騎士共が大喜びしそうなパンチのある味だな。

 おっ、あったあった。これがナメコってやつだな。

 不思議だよな。マッシュラビットに生えてた時は気持ち悪かったのに、ミソシルに入った瞬間も美味そうにしか見えん。


 ……つかめん。

 トウフがつかめる様になったからハシの使い方はかなり上達したと思っていたが、ナメコがぬるぬる滑ってつかめん。

 ええい! もうスープと一緒にすすってしまおう!


「……美味い!」


 こりこりつるつるした食感が面白い! 

 濃いミソと出汁の風味にも負けない、濃厚なナメコの味がまたたまらん!

 一緒に入っているトウフとネギも間違いない仕事をしているが、これだけ旨みが強いならナメコだけでも十分贅沢なミソシルになるぞ!


「うむ、やはり最初は味噌汁ですな。ささ、ディル殿天ぷらも頂きましょう」


 いつの間にかミソシルとテンプラを持ったノルベルトさんが俺の隣に座っていた。

 ミソシルに夢中で気付かなかった……帰ったら気を引き締めて訓練しよう。


 ノルベルトさんに勧められるがまま、マイタケのテンプラに手を伸ばす。

 最初は……よし、塩でいこうか。


 ざくっ


「んー……! ブランこれすごいよ! すごい美味しい!」

「おおぶりのまいたけ。ぜいたくよねー!」


 カウンターの端で、大きなマイタケのテンプラを豪快に頬張ったユリカとリラちゃんが、揃って歓喜の声を上げた。

 隣ではノルベルトさんも満足そうに目を細め食べ進めている。


 贅沢、か。

 確かにこれは贅沢すぎるかもしれない。

 一口噛めば店のどこに居ても聞こえる位、ざくっと良い音がするマイタケ。

 歯を押し返す程弾力のある身を噛締め、噛締めれば噛締める程に口の中にあふれ出すマイタケの旨み。

 この店独特のくどくない軽い油とマイタケの相性がいいのか、余計な味付け等不要な程に完成された物だ。

 店中に響き渡る、ざくざくこりこりとした音。

 ふとノルベルトさんに視線を向けると、なにやら天ツユに白い雪のような物を合わせ、それをテンプラにつけて食べている。

 あの雪は何と言ったか……。


「でぃるさんたりなかった? わたしのいる? はい、あーん」

「えっ!? いや、リラちゃんだいじょ……あーん」


 雪の名前を思い出そうと頬杖を付いていたら、なにやら心配されてしまった。

 だが、リラちゃんが俺に差し出して来たテンプラがあの雪入りの天ツユにつけた物だったので、ついつい口を開けていただいてしまった……。


「! 美味い!!」


 雪と一緒に食べたテンプラは、先程完璧だと思っていた物を遙かに上回る美味さだった!

 もともとさっぱりとしていた油が、雪のお陰でさらに気にならなくなり、点ツユをたっぷり含んだ雪とマイタケの旨みが混ざり合い口いっぱいに広がっていく。

 だが……危なかった。

 ひとつひとつが大振りなマイタケ。これを下手に雪と一緒に口いっぱい頬張ったらあふれ出す旨みで溺れるだろう。

 現にとめどなくあふれ出すマイタケの旨みに恐怖すら覚えた程だ。

 

 無言のまま全員で腹が膨れるまでマイタケのテンプラとミソシルを頂き、一緒に作った野菜と魚のテンプラが余ってしまった。

 まぁ、ブランさんとリラちゃんにかかった術を解除してもらうついでに、揚げ物好きな魔術師の二人に食べてもらうか。

 決して残り物だとは言わない。

 決してマイタケのテンプラの存在も教えない。

 ノルベルトさん、頼むから早くマッシュラビットの繁殖に成功してくれよな。

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