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鍋焼きうどん 後編

 

 トントントントン

 コトコトクツクツ




 リズムの良い音に目を覚ますと、どれくらい時間がたったのだろうか、あれだけ人が溢れ返り騒がしかった店内には私以外人は居なくなって居て、明かりも店内の一部しか点いていなかった。

 ゆっくりと体を起こすとカウンターの向こう側に先程水を持ってきた男性が居た。たぶんこの人がさっき話が出たブランと言う人だと思う。


 私に気付いたブランは……男性にこう言うのもおかしいけど花が咲いたように満面の笑顔を見せると口を開く。



「起きた? 消化に良いもの作ったんだけどどうかな? 食べれそう? 無理しなくて良いから少しだけでもどうぞ」



 まだ上手く機能しない脳からいろいろ言葉を探していると、ブランが小振りで少し変わった形の鍋を私の目の前に置いた。



 「これは?」



 フツフツと小気味良い音を立てる鍋には野菜や卵が下が見えない程どっさりと乗っており、その香りは初めて嗅ぐ香りだが、どうにも食欲をそそる柔らかくふんわりと甘いものだった。



「これは鍋焼きうどんって料理だよ。 あっついから気を付けてね?」



 ブランはふんわりとした口調で取り分け用の小皿を差し出す。

 その笑顔と香りにつられ、無意識に鍋の中に木製のフォークを差し込んでいた。

 野菜の下にはパスタのような長い麺、だがパスタより太くどっしりとしたものがスープの中を泳いでいた。

 


「これがウドン?」



 フォークにクルクルとウドンと思われる物を巻き付けながら、正面に座るブランに問いかける。

 ブランは目を細め、やんわりと微笑んだまま無言で私が食べるのを待っているようだ。


 見なれながら食べる。しかも今日初めて会った男性に……。

 少しの気まずさから俯いて隠れるように一口頬張ると、その味に目を見張った。


 野菜や魚、幾重もの旨味を凝縮したような濃厚なスープ。

 煮込まれそれをたっぷりと吸い込み、もちもちとした食感のウドン。

 気を失う程に疲労していた体の隅々まで染み渡る温もり。


 頭でそれを理解するより早く、私は冷ましもせず一気にそれを食べ進める。


 あぐっ

 はふっはふはふはふ

 ずっずずずー

 んぐっ

 はふはふはふっ

 あぐっ


 食べる。と言うよりも喰らう。そう表現した方が良い程に行儀悪く、とても女性と思えない程ガツガツと食べていると言う自覚はある。

 気付けば小振りな鍋に山盛りになるほど入っていた野菜まで、ひとかけらも残さず平らげていた。

 さっきまで貪るように食べていたのが嘘だったとも思えるほど、目の前の鍋には何も残っては居なかった。


 満たされた。


 ただただぼんやりとするだけの頭だが、はっきりとそれだけは理解出来た。


 ふと思いだし、目の前のブランに視線を向けると、食べる前と変わらない微笑みを浮かべてこちらを眺めていた。



「あっ……あのっ! ……御馳走様でした」

「はい。お粗末様でした。そんなに一気に食べなくても良かったのに」



 ブランと目が会った瞬間、気絶する前に言われた一言を思い出した。

 『世界樹の竜ブラン』

 信じてはいなかったが……まじまじと目の前のブランを観察する。

 作り物のような顔に、光の加減で紫から蒼にグラデーションがかって見えるふんわりと緩いウェーブした髪。

 瞳は常に細められその色は分からないけど、見れば見る程人間離れした造形をしていた。

 それにこの店だって……。

 考えれば考える程、現実味が沸いてくるその可能性。


 私があまりにも顔を見つめすぎたのか、ブランが少女のようにこてんっと小首を傾げた。



「ふふっ。どうしたの? おかわり?」

「えっ!? ちがっ……大丈夫です! ただちょっとぉ……」



 言い淀んでいると、少し考える素振りをしたブランが、何か思い出したように華やかな表情を見せた。



「そっか! 鍵渡してなかったね! コレがあれば次からは簡単にここに来れるからねっ」



 そう言うと、どこからともなく紫色の宝石のような珠を取り出し、当たり前のように差し出してきた。



「……はい……?」

「あっそうそう、君を持ってきたバジリスクがひどく心配してたんだった。元気な顔見せてあげてね。って動ける? まだ休んでても大丈夫だよ?」



 溢れんばかりの笑みでちょっとズレた発言を繰り返すブラン。

 そんな姿を見ていたら不意に笑みが零れ、全てがどうでもよくなってしまった。



「あっははは! 十分休んだしもう大丈夫です。あの……また来ても良いですか?」

「ふふふ。いつでも来てね」



 急に笑い出した私を少し不思議そうに見つつも、当たり前のように笑顔で返してくれた。

 その笑みを十分に見てからお店の扉を開け、もう一度振り返ってから外に出る。

 

 するとなぜかリヒト公国の宿屋の前に出た。


 恐る恐る扉を開けてもそこは宿屋で、ただ宿屋の女将さんに不審な目で見られただけだった。

 魔物の幻術に騙されたのかと思う程に一変した世界に、しばし放心状態になったものの、手の中にはしっかりと紫色の珠があった。


 なぜか実家に帰ったような暖かさのある空間。

 

 また明日にでも行ってみよう。結局バジリスクにお礼も言えてないし。

 手の中の小さな珠を眺めながらひっそりと楽しみが増えた。


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