かき氷
ここ最近仕事が軌道に乗ってるのは良いんだが、やっぱり東方から南方までなんて言う長距離の護衛は骨が折れるな。
幸い羽振りの良い商隊の護衛だったから、護衛の俺にも馬を用意してくれたおかげで二週間っつう普通の半分以下の時間で南方に着いたんだがな。
無事商隊を国境近くの街の宿屋まで送り届け仕事も終わった。
商隊の連中はまた次の移動の時もお願いしたいとか言っていたが、金もある程度貯まったことだし当分は南方で遊ぶつもりだ。
それにしてもいつぶりの南方だ?
何だかんだ最近は東方だけでもそれなりに食うに困ってなかった(ブランさんの店はツケが出来る)し、一年ぶりくらいか。
相変わらず暑いだけで街並みもこれと言って変わってないな。
やっぱ遊ぶったって国境沿いの街はそんな栄えてないんだよな。
あー……。
しょうがねぇ、ツケやら皿洗いばっかりだったし、たまにはブランさんに土産でも持って行ってあっちで飯でも食おう。
南方の、俺には理解出来ない色使いは女子供に人気らしいしな、小物でも買って行ってユリカの機嫌をとれればブランさんの機嫌もとれるし一石二鳥だな。
そんな事を考えつつ、記憶を頼りに土産屋が並ぶ通りを目指す。
国境沿いの街でも南方だけあってとにかく暑い。
少し歩いただけでも額にじんわりと汗がしみてくるぜ。
南方で冷たい飲み物屋でも開ければかなり儲かるはずだが、冷たいまま保管なんてブランさんか魔術師位しか出来ないしな。
俺ならそんな魔術使えんだったら端から飲み物屋なんてやらねぇけどな。
歩き出してそんなに経たないうちにもう背中は汗で服が張り付きだした。
適当な店にでも入って休憩でもするか。
と、そんな事を考えていた矢先、近くの店先からひんやりとした空気が漂って来た。
水でも蒔いてんのか?
冷たい空気に惹かれるように視線を向けると、そこは水を蒔いたり暑さ対策をしてるようには見えないただの服屋。
ただ一つ他と違うのは、その店先に誰もが目が釘付けになってその場に立ち止まるって程におっそろしく綺麗な女と、それの護衛か何かかと思われる魔術師が並んで商品を手に取っているって所だな。
涼しい空気は魔術か何かか、便利だな。
女の服装は裾に向かって徐々に白から濃い青へと色を変える薄手の服一枚だけ。何とも涼しげな色合いと服装なだけか、本人も汗一つかかず涼しい顔で服の裾を摘まみ、魔術師に見せるようにその場でくるりと一回転。
隣の魔術師なんか見ててこっちが暑くなるっつー服装してんのにな。
「サイズは丁度良さそうだな。他に欲しい物は見つかったか? メリッサ」
魔術師が何着か手に持ったまま、満足そうに笑う女に優しく声をかける。魔術師の表情はローブが邪魔で確認出来ないが、声色から察するに微笑んでるに違いない。
そしてあの女はメリッサって言うのか。
見た目も名前も涼しげでまさに歩くオアシスだな。
「はい! この衣、凄く着心地良いです。それに……うふふ、上から連なった一枚の服って、どことなくバレット様のそのローブに似ていませんか? ふふふ」
笑顔の破壊力。何だ天使か天女か何なんだ。
薄汚れた俺が浄化されそう、って言うか跡形も無く消し去れる感覚になるわ。
しかもバレットとか言う魔術師。何でそんな眩しい天使を目の前に平然としてられるんだ。
道端で何人その笑顔を見て膝から崩れたか……。
「でも、どのお色にしようかと……」
「どれと悩んでいるんだ? あって困る物でも無いし、決めかねるなら複数買っても良いのではないか?」
俺が何着でも買ってやりたい……!
育ちが良いのが丸分かりで、性格が良くて謙虚とかマジで護衛したい。……って、こんな事しか考えれない俺って本当に矮小だな。
メリッサは少し恥じらった後、バレットが持っている服と店先にかけてある服それぞれに視線を向け、口を開く。
「その、今着ている夏の海の様なお色の衣も素敵なのですが、太陽に照らされた大地の様な色の、バレット様のローブと同じ色の物も素敵ですし……」
上目遣い。上目遣い……!
「他にもユリカ様の御髪の様な、幼子のうっすら染まった紅色の頬の様な色合いもありますし、ブラン様の御髪の様な、朝日に照らされ白んだ山々みたいに深い深い青紫色や赤紫色もまた素敵に思えて……本当に困りました」
俺も困りました。
通行人も困りました。
服屋の店主も困りました。
ここから立ち去れば良いんだろうけど、目を奪われて体が動きません。
本当に困りました。
……って、今『薄紅色のユリカと紫色のブラン』って言ったか?
「確かにどの色もメリッサには似合う。……まぁどれもメリッサの引き立て役にしかならないと思うが」
メリッサが悩んでいると言った服に順次視線を彷徨わせたバレットは、誰しもが思っていたであろう事を代弁してくれた。
そうなんだよ。メリッサなら 例え葉っぱだけでも絵にな……ダメだ。それだけはダメだダメだダメだ……! 各方面からダメだ!
小首を傾げ服を見つめるメリッサの頭にポンと手を置いたバレットは、しばし髪の感触を楽しんだ後メリッサの着ている服に視線を落とす。
「私としては、今着ているメリッサとリラ殿の髪の色に似ている服がよく似合っていると思う。色味が欲しいなら、その服の上に黄緑や薄紅色の服を羽織ったらまさに大輪の花のようだ」
会話がむず痒いけど、言ってることは正し過ぎる。
と言うかやっぱりな。
ユリカやブランさんだけじゃなくてリラ姐さんの事も知ってるみたいだな。
「なぁあんた達、世界樹のブランさんを知ってるお仲間だよな?」
突然声をかけたせいか、メリッサは驚きすぐさまバレットの後ろに隠れてしまった。
「貴方は……確かグレン殿でしたか」
「へっ? 会った事無かったよな?」
驚いたのかどうなのか、顔色一つ変えず俺に視線を向けたバレットは、少し考えた後何故か俺の名前を言った。
で、なぜだかその名前を聞いたメリッサは、少し考えた後何を思い出したのか完全にバレットの背中に隠れてしまった。なぜだ。
「以前ブラン殿の店を訪れた際、小上がりで眠っているグレン殿をリラ殿がメリッサに『有害な奴』と紹介してまして……」
「マジかよ姐さん……」
印象最悪じゃねぇか俺。
そりゃ逃げるわな。
不安そうにバレットにしがみつくメリッサも可愛いけど、なんだか悪い事をしてるみたいな気持ちになるな。
「なんつぅか、何もしないからさ。安心してくれ……っても無理だよなぁ」
バレットは何とも思ってないようだが、肝心のメリッサがしっかりと真に受けてしまったらしく隠れたまま出てこない。
もうバレットと二人で苦笑するしかな……いや、まだ手はあるぞ。
「なぁメリッサ嬢? さっきバレットさんが言ってたみたいに気に入った色をその服に合わせてみたらどうだ?」
一度二人を通り過ぎ店の中に……あったあったこれこれ。
目的の物を色違いで何個か持ってメリッサの正面に。
「ほら、これで髪結ってみろよ。これなら安いし色も豊富だぜ? しかもユリカやリラ姐さんにあげてお揃いにしても良いしな」
何て事も無いリボンを何色か見せてからバレットに手渡す。
まだ警戒中のメリッサに代わりバレットがメリッサの髪を結ってやると、ようやく恐る恐る鏡で確認し始めた。
すると見る見る表情が変わり、ぱっと花が咲いたような笑顔で俺の前に現れた。
「凄く綺麗な色……! プレゼントにしても喜ばれるんですよね? ありがとうございますグレン様!」
「いやいや、喜んで貰えて良かった……と言うか魔術師って手先が器用なものなのか?」
直視出来ない程光り輝く笑顔に負け、バレットに視線をうつす。
確かに髪を結えとは言ったが、三つ編みにリボンを編み込んで結えなんて言ってないぞ? 良くそんなん出来たな。
いくつかのリボンと試着していた服、それと上着を一着持ったメリッサは、支払いの為店の奥へと消えて行った。
「ありがとうございますグレン殿、メリッサも随分気に入ったようだ。今日これから何か予定はありますか? 出来ればブラン殿の店でお礼をしたいのだが」
「予定なんか無いけど礼をされる程の事でもなぁ……まぁいっか、お礼うんぬんは置いといて何か冷たいもんでも食いに行こうぜ」
ひとまず俺の印象は少しは良くなったかな。
☆
「えっ!? 本当に!? 本当にこれ貰って良いの!?」
早速買って来たリボンをユリカに渡したところ、思った以上に良い反応が返って来た。
腰まである長い髪のメリッサと違い、肩につく位の長さしか無いユリカでもリボンは十分に役立つようで、受け取ってすぐバレットに結って貰っている。
あいにくリラ姐さんは居なかったから渡せてないが、まぁ間違いなく似合うだろうな。普段は色気たっぷりだけど、リボンで可愛くしてみても良いかもな。
「あははっ、良かったねユリカ。若草色のリボンが髪に栄えてすっごく可愛いよ」
で、俺の読み通りブランさんの機嫌も良くなった、と。完璧だな。
二人に会った経緯を話したついでにリボンを渡したんだが、思った以上に受けが良い。
で、その上機嫌のブランさんがなにやらごりごり音を立てながら削ってるのは……。
「なぁブランさん、それって……」
「ん? もう出来るよー。シロップ作ってないから好きなジャムとかかけて食べてね。」
そう言って出してきたのは……雪?
貴族の屋敷にコレクションで飾られててもおかしくない程、恐ろしく透き通ったガラスの器にこんもりと盛られたのは氷を削っただけの物。
確かに冷たいものが食いたいって言ったけどよ? 言ったけどまさか氷だけが出てくるとは思わないだろ。
その氷と一緒に出してきたのは……ジャム、と言うか、ジャムを更に加工して少しさらさらとした状態の物が何種類か。
それもガラスの瓶に入れられ、その鮮やかさはメリッサの好みだろうな。
楽しそうに一つずつ手にとってはブランさんに何味か確認し……くっそ可愛い。
なんで皆メリッサと普通に会話出来んだよ。さっきの服屋の店主なんか会計の時に緊張で倒れそうになってたの見てたぞ俺。
慣れか? ここの常連なら慣れろってか? あー緊張で口の中ぱっさぱさだ。あまり態度に出るタイプじゃなくてよかったぜ。
「グレンさんは甘いかき氷よりも、お酒で作ったやつの方が良いかな? その氷にお酒かけても良いけど、少し待ってくれればお酒で氷も出来るよー?」
「マジか!? 酒で作っ……酒って凍るのか?」
「んー、力技?」
だよな。
物によっては凍りそうだけど、普段俺が飲んでる酒は普通にやったら凍らないだろうな。うん。
ブランさんが目の前で氷を作り出したのをぼんやりと眺めていると、隣からなにやら楽しそうな会話が聞えて来た。
ふと視線を流すと、メリッサが赤いジャム……イチゴ味だったか、をたっぷりとかけた氷を満面の笑顔で頬張っていた。バレットのかき氷の天辺にはつぶあんがこんもりと乗せられている。
「んーー……! 美味しいー! これを先程の服屋さんの近くで食べたいですねっ。皆さんとても暑そうでした」
「それは俺も思ったけどよ、こんな冷たい物を常時出せるのはブランさんか魔術師達位なんだよなー」
「そうなんですの?」と理由をバレットとブランさんに聞き、メリッサはなにやら考えている様子。
少し経つと納得したのか、何口かかき氷を頬張り、バレットのかき氷も少し味見し楽しみ始めた。俺のも甘いかき氷にしてたら味見してもらえただろうか……って何考えてるんだか。
ブランさんが酒の氷を造るのに手が離せない事をいい事に、ユリカが淡い黄色のリボンでブランさんの髪を結い始め、それを見ていたバレットがメリッサのリボンを結いなおし……なんとも乙女チックな時間が過ぎていく。
頭の両サイドにリボンをつけたブランさんが、ようやく酒で作ったかき氷を完成させ、俺の前に置いた時、メリッサが思い出したように口を開く。
「魔術か魔力で氷を作れれば良いんですよね? じゃあ私、南方でかき氷屋さんでもやってみようかしら?」
「「「ん?」」」
全員一瞬意味が分からずフリーズ。
魔術、魔力……私が、やる……?
「それ良いかもね。国境沿いの南方の街……確かあの辺りにも世界樹の根があったはずだし、魔力の濃い水が採れると思うよ」
「それに南方は果物も豊富だし、ジャム作りには困る事はなさそうだ。国境沿いだから人も多い」
二人とも賛成なのかよ!?
えっ? と言うかこの流れから察するに、メリッサって……。
「えーと、メリッサ嬢? もしかしてー……魔物?」
「はいっ! 人魚で御座います」
そう元気に返事をしたと思ったら、スカートから覗く足が一瞬で人魚のそれになった。
……いや、この店の客だから驚きはしないが……驚くよな普通。
はしたないと言ってスカートの裾を直すバレットを横目に、なにやら全身の力が抜けてそのまま俺はカウンターに突っ伏してしまった。
あれか、これが失恋ってやつか?
早かったなぁ……。




