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豚汁vsけんちん汁 前編

 

「世界樹の飯屋ねぇ」


 机の上で紫色の珠を転がしながら一人ため息交じりに呟く。

 先日バレットと共に訪れた世界樹の店を出る際に店主に渡された菖蒲色の不思議な珠。

 確か……ブラン殿と言ったか。

 たまたま食堂で会ったバレットの口からこちらでは馴染みのない、俺からしたら懐かしい『揚げ物』と言う言葉が飛び出した時、いてもたっても居られずバレットに道案内を頼み念願の揚げ物に出会えたが、落ち着いて考えると疑問ばかりが生まれる。

 どこから考えたら良いのか謎だが、まずはどこで料理を知ったかだ。

 机の上をころころと転がった珠がこつんと窓にぶつかって止まった。

 各国の魔物の種類や出現率に被害数、魔術協会が討伐した魔物の数などの資料が無造作に散らばった机の上で一際異彩を放つ珠。

 ふと視線を移した窓の外、他の魔術師達が個々に訓練をしている中庭には巨大な刃物の様な氷の塊や意思があるかのように動き回る炎等が飛び回っている。

 科学やらそんな物とは縁遠いようなこの世界で、通常ならありもしない俺の前世の料理がなぜ再現されているかだ。

 俺の様に前世の記憶を持った奴が伝えた? 胡乱だな。

 それ以外にも店の立地条件やら材料の調達やら突っ込み出したらきりが無い。

 無いが……そんな事を言ったからとて実際に見て食べてしまったから疑うにもな。

 そしてこの珠、南方の魔術師協会所有の飛竜の数が少なく、そうそう飯を食いに行くだけに使うと言う事も出来ない、とブラン殿に伝えたところ当たり前の様に手渡して来た物。

 この珠は何かを核にして相当量の魔力をぎゅっと濃縮して押し固めて作った物なのは見た限り分かるが、人に気軽に渡していいような量の魔力でもないんだよな。

 現に、元々あまり魔力量が多くなかったバレットがこれと同じ珠を貰って来てからは、他の魔術師達に引けを取らない、むしろそれ以上に高度な術を使う事が出来るようになった。

 どうやらバレットは『鍵』としての使い方はしていないようだが、魔術を使う時の補助として上手く使っているらしく、それはブラン殿も公認のようだ。

 そう、ブラン殿の話だとこの珠を持って適当な扉をくぐるとブラン殿の所に行けるらしい。あんな色々な魔物の魔力が混在する世界樹の上で、まっすぐにあの店に繋ぐとなるとこれ程の魔力が必要になるのだろうか。

 それに作る時もだがこれを誰かが使用した時だって相当魔力を持って行かれるのでは。

 気づけばあの店に行ってからずっとその事ばかりを考えている。

 今日とて南方周辺の結界が必要な地区のあらい出しをする為、わざわざ訓練を休みこうして資料室に籠っているのだが、結果は目の前の白紙。

 料理の腕もさる事ながら高度な魔術。魔術師協会本部のじじい共が知ったらブラン殿に首輪をつけてでも本部に置きたがるだろうな。

 ……こんな事ばかり考えていたからだろうか腹が減ったな。

 ふと視線を移し時計を確認すると、もう過ぐ昼時と言った時間。

 折角人気の無い資料室に居るんだ、このままブラン殿の所に行っても問題無いだろう。さすがに移動する所を他の魔術師に見られたらまずいが、俺が居ないだけならどこか飯にでも行った位にしか思わないだろう。

 見た目に反して重苦しく動きずらい、満足に肩が上がらない位硬い魔術師ローブのフードを被り直し、軽く伸びをしながら適当に近くにあった扉を開ける。

 すると目の前には当たり前の様にあの店のカウンターが。

 あまり魔術に縁の無い者は知らないかも知れないが、普通どこか遠くと繋げたり転送などをしたりすると、距離や場所などを明確に標して計算し術を展開しないと転送の際に体に大きな負担がかかるのが常識だ。

 それがただ珠を持っているだけでいつ使用しても全く負荷など感じない、感じないどころか普通に扉を開けた感覚だ。


「あっ、いらっしゃいレンフレットさん」

「やあブランど……どういう状況だ?」


 カウンターの外側で椅子に座っていたブラン殿が俺に気付き出迎えてくれたが、そのブラン殿の膝の上やら目の前のカウンターにはなぜか大量の鍋があり、ブラン殿は卵を温めるかのように鍋に覆いかぶさった体勢だった。

 ブラン殿に疑問を投げかけた後、ふとカウンターの中に視線を向けると初めて見る男女二人がかしましく料理をしているようだ。


「あー……今ね、試作品を作ってるって言うかメニューの改良をしてたんだけど、なぜか途中から『豚汁VSけんちん汁』が始まっちゃって……」

「豚汁VSけんちん汁?」


 そのままカウンターの内側を覗き込むと、そこは鍋鍋鍋……!

 かまどに乗り切らなかった鍋はなぜかブラン殿のもとに集められ、それでもまだ余った鍋は店の床に置かれ、その上に重しとばかりに小型のサラマンダーが鎮座している。


「クロウもリラも程々にね? そろそろ鍋の温め過ぎで魔力切れ起こしそうだよ」

「あんたならまだ大丈夫でしょ。それよりも大豆まだある? 今度は大豆出汁で作ってみようかと思うんだけど」


 リラと呼ばれた何とも妖艶な深い蒼色の髪の女性がばっさりとそう言ってのけ、隣で作業を進める銀髪の――クロウと呼ばれた男と共に材料を取りに店の奥に姿を消した。


「えーと……今日は休業日だったのか?」


 その場にぽつりと残されたのは俺とブラン殿、それと奥の小さな部屋ですやすや寝息を立てている金髪の少年と床のサラマンダー。

 ブラン殿は体を起こすと動物のようにゆったりと伸びをする。

 ばきばきと音を立て伸びをし、そのままカウンターの中に手を伸ばし丸く切り揃えられた板を何枚か取り出し自身の目の前に並べる。

 そして床の鍋をサラマンダーごと持ち上げその丸い木の上に乗せた。どうやら鍋敷き代わりの木の様だ。


「一応営業日なんだけどさ、丁度お客さんが切れたタイミングで二人がメニューの改良をしようって言いだしてね。で、いつの間にか『けんちん汁派のリラ』と『豚汁派のクロウ』でどっちが美味しいか勝負になっちゃって……リラもなぜかけんちん汁はまともに作れるんだよね」

「で、その大量の鍋か」


 綺麗にカウンターに並べられた鍋はどれもぐつぐつと煮えたぎっている。どうやらブラン殿とサラマンダーは魔術で鍋を温める役の様だな。

 ブラン殿は若干疲れたような表情で魔力切れ寸前のサラマンダーに魔石を与え、魔力回復に勤しんでいるようだが、魔石を咥えたサラマンダーはまだこの作業が続くと察したのか哀愁たっぷりな目でブラン殿を見上げている。

 大型のサラマンダーしか見たことない。しかも凶暴過ぎて討伐依頼が出るようなやつしか知らなかったので、サラマンダーがここまで大人しくしかも同情を誘う生物だった事に驚きだ。

 鍋から降り、カウンターで魔石をこりこりと口の中で転がしているサラマンダーの鼻先に恐る恐る手を伸ばすと、人に慣れているのかそういう性格なのか、どれだけ触れてもそんな事意にも介さず魔石を頬張り続ける。

 なんだこれ可愛いな。

 そう言えば俺も魔石を持っていたな。

 サラマンダーから手を放しローブのポケットを探していると、サラマンダーとブラン殿が不思議な顔で俺を見つめている。

 若干自分でも何をしてるのだろうと疑問に思った時、指先に魔石が触れた感覚があった。

 取り出したのは先程ブラン殿が持っていた黒い物とは違い、白い魔石。

 魔物の種類や個体の強さによって魔石の色が変わるんだったか、そもそもこんな綺麗な物が魔物の体内に、しかも魔物の核になっているなんてな。


「えーと、何の魔石だったか……これも喰うか?」


 掌にすっぽり収まる程の大きさの魔石だが食べるだろうか? 体の大きさ的には一口で食べれそうだが。

 カウンターに魔石を置くと、サラマンダーは一瞬俺を見た後ブラン殿を確認し、ぺろりと舌なめずりをてから魔石をぱくりと咥えてしまった。

 てっきりそのトカゲのような見た目から歯は無いものと思っていたが、サラマンダーは魔石を飲み込む訳では無く、豪快にごりごりと音を立て噛み砕いている。

 そうだよな、魔物なんだよな。

手から直接渡さなくて良かった……噛まれたらもってかれる。

 頬いっぱいに魔石を頬張り、なぜかきらきらした目でもごもごと口を動かしながら見上げてくる姿だけは可愛い。うん。


「ふーただいまー。よし、再開するわよ……って、なんかその子嬉しそうね?」


 食材を取りに行った二人が、両手に抱えきれない程の量の食材を抱え戻って来た。


「そんなに作るの二人とも? 今この子レンフレットさんから大好きなのオークの魔石貰って大興奮中だね」

「へぇ、オークの魔石なんか何かあった時にしかやらないからな。そりゃ喜ぶだろう」

「そうな……魔石って味あるのか? しかも見ただけでオークって分かるのか……」


 ただの魔力がこもった石だと思ってた。と言うか魔石に味があるなんて考えもしなかった。

 それとも味ではなく魔力の波長が合うとか?


「レンフレットさん、今日豚汁とけんちん汁おかわり自由……って言うか、それとご飯位しか出せないけど良い? あと魔石のお礼は何が良い?」


 相当嬉しかったのか、のそのそと俺によじ登ってくるサラマンダーに気を取られていると、くすくすと笑いながらブラン殿が俺の顔を覗き込みながらそんな事を訪ねて来た。

 けんちん汁も豚汁も涙が出る程懐かしい! どちらも好きだし全然問題無いが……。


「両方倒れるまで喰らう! なんなら鍋ごと持って帰りたいが、そもそもその二つの違いって何だ?」


 そう口にしてからしまったと思った。対決していると言っていたのをすっかり失念していた。

 俺のその発言を聞いた瞬間、調理していた二人がせきを切ったように話し始めた。


「何で!? 全然違うじゃないっ! そもそもけんちん汁は醤油味だし、最初にごま油で野菜を炒めてから煮込むから香りも違うわよ? 元は精進料理だったからこっちの方がヘルシーだしね」

「お前な、ごま油で炒めておいてヘルシーも何も無いだろ? しかも今はがっつり豚肉入ってるからヘルシーもくそもあるか。それだったら豚肉の甘みと味噌の旨味ががっちり合った豚汁のがヘルシーだし美味いだろ」


 おおお俺が悪かった……。

 余計拗れたこれは面倒だ。しかも二人とも鬼の形相で作り始めたしさらにこれより鍋が増えるのか!?


「レンフレットさん……一鍋位いける? 持って帰っても良いよ大歓迎」

「どうにかします……」

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