海鮮チャーハン
また少しご飯要素が無くなってきた気が……改善します。
「ブラーン。ちょっと大きめの水槽みたいな物ってある?」
いつも通り扉が壊れるんじゃないかと思うような勢いで入って来たリラは開口一番突拍子も無い事を言い放った。
「いらっしゃい、リラ。水槽? お土産でも……」
またたまにふらっと海から持ってくるお土産か何かだとあたりをつけ顔を上げると、リラは僕の予想の斜め上を行ったモノを抱えていた。
「はじめまして、世界樹の神竜様……」
「はじめまして……。その、ちょっとそのサイズの水槽は無いかなぁ……」
丁寧な挨拶につい反射的に答えつつ、リラとリラの抱えているモノを交互に見やる。
リラの深い蒼色をした髪の色よりも明るく光沢のある色の鱗を有し、力仕事なんてしたことが無いんだろうなと思わせる華奢な体の人魚が、リラの腕の中で居たたまれなさそうに視線を彷徨わせている。
その人魚のすぐ横ではノアが人魚が乾かないように定期的に水をかけている様が微笑ましい……そんなに必死にならなくても死なないからさ、笑って見てないで教えてあげなよリラ。
で、さっきその人魚に言った通り、人一人分入れる様なサイズの水槽はお店の中には無いよ。
生け簀代わりに使ってる物なら牧場の近くにあるけど、そんな事言ったらリラに何を言われるかだよね……。
「やっぱり無いわよねぇ。この子がここの料理を食べてみたいって言うんだけど、何故か私の魔力を受け取ってくれないのよ」
「そんなっ……! リラ様の力など私には恐れ多くて頂けませんっ」
あぁ、だから人型じゃなくて人魚のままで連れてきたんだ。
それこそ人型になれるのは上位の魔物位で、それ以下の魔物が人型になるにはユリカやノア、クロウみたいに上位の力を借りるしか無いからね。
見たところ人魚はリラを崇拝してる感じなのかな。
確かに海に住む生物からしたら、リヴァイアサンはそう言う対象かも知れないね。リラ本人は友達を連れて来た位の感覚っぽいけど。
「準備しておけば良かったね、ごめんね。ひとまず席にどうぞ。ノア、お姉さんが『水かけて』って言ったらかけてあげてね」
ひとまず何かあった時に一番水を渡しやすいカウンター席を勧め、どうした物かと。
人魚の姿のままでも問題なく椅子に座れる様だし、今は自由に動き回れなくて不便ってだけかな?
あっ、でも長い尾ビレが床についちゃってる? 取り急ぎ一番大きな鍋に水を入れて床に置いておけば尾ビレが汚れないで済みそうだね。
鍋いっぱいに水を入れカウンター席の下に屈んで置くと、ふと蒼い人魚の鱗が目にとまり、自分でも何故今まで忘れてたのか分からない事を今更ながらに思い出した。
「ねぇ、僕の魔力で良かっ……」
「なりませんっ! そんな、太古の神竜様のお力を頂くなんて……! 私はこのままで大丈夫ですので、どうぞお気になさらず……」
リラの信者じゃなくて、ただ無条件に上位魔物に対する信仰か何かなのかな? それとも竜種に対するやつか。と言うか神竜って……人魚って信仰心が厚い種族だししょうが無いかな。
って、テーブル席に居たはずのバレットさんが、いつの間にか床にしゃがみ込み人魚のヒレを摑んだまま石のように固まってる……!
人魚怖がってるから。基本的に人魚は人嫌いだし、いきなりそれは僕でも怖いから。
「あっあの、人間のお方……」
「その人は無害だから放っておいても大丈夫よ。……有害なのはあそこでイビキをかいてる男だから」
それでバレットさんの説明終了なのリラ? で、有害な人間……珍しく朝から飲みに来て、昼前にはすっかり酔い潰れて小上がりで寝ちゃったグレンさん。
さすがにグレンさんもトレジャーハンターじゃなくて一応傭兵だから、人魚の鱗とか肉をどうこうしようとはしないとは思う……よ?
ほら完全に警戒しはじめちゃった……もう何でも良いか。
「バレットさん、万が一にも何かあったら困るから彼女の周りに結界お願いして良い? それとー……人魚さん? 海からわざわざ来てくれてありがとー。何か食べたい物があったの?」
もう細かいことは無視しましょ。
考え事をしながらでもバレットさんはしっかりと結界張ってくれてるみたいだし、何よりも隣にリラが居るしね。
で、さっきのリラの話だと何か食べたい物があったのか、気になったかだと思うんだけど……。
全員の視線が人魚に注がれた為か、恥ずかしそうと言うか泣き出しそうな子供みたいな表情でみんなの顔を見渡し、最後には俯いちゃった。
んー……よし。
「今日は特別にもこもこのユリカを貸してあげる。ぎゅーってすると可愛いよ? リラックスリラックス」
カウンターの端に置かれたかご中で、元の花ウサギの姿で休憩中だったユリカを抱き上げ、もふっと人魚の腕の中に置く。
二人共さすがに最初はびっくりした様だったけど、人魚はユリカがふわふわもこもこで気持ちいいのか、ユリカはユリカで知らない人だけど相手が綺麗な女の人だからか、意外に二人とも満足そう。
なんかリラが『何であんたがぎゅってすると可愛いとか知ってんのよ』って呟いてた気がするけど、自分だってノアをぎゅってするでしょー? 一緒です。
しばしユリカを撫でたりぎゅってしたりと堪能した人魚は、リラックス出来たのかやっと顔を上げユリカを抱えたまま口を開いた。
「リラ様からここのお話をよく伺うので気になって。あの、海のモノと陸のモノを使った、火の通った温かいモノを。出来ればスープ以外で頂きたいのですが……」
「海と陸のモノで温かい料理ねぇ……」
具体的なようなそうじゃないような注文。
大体の物がそれに当てはまっちゃうけど、せめて女の子が喜びそうな物を作ってあげたいよね。
と、なると。
「リラはさっきの条件だったら何が良い?」
同じ女性で、しかもこの店の料理を知ってるリラに聞くのが早い。
人魚の腕の中のユリカを撫で回していたリラは、小さく『そうねぇ』と呟いたかと思うと、特に悩む素振りも見せず言葉を続けた。
「海鮮チャーハンかな。丁度お腹すいてたしね」
なんて言うか……女性らしいのかなこの選択って?
まぁ人魚本人もリラと同じ物を食べれるってだけで嬉しそうだし良いのかな。
じゃあ作りますか。
えーと、下処理が終わったエビはあるし、卵とご飯もあるし……うん、すぐ出来そうだね。
いつもなら僕が料理を始めたら食い入るように見てるバレットさんだけど、今日はまだ床に座り込んだまま人魚に夢中みたい。
でもその代わりその人魚が興味津々に覗き込んできてるけどね。
油飛ぶから危ないよ?
「ふあぁ……凄いですねリラ様。凄く良い匂いです!」
「匂いだけでお腹がなりそうね。ブラン、エビ以外の海鮮もいっぱい入れてー」
ふふふ。
リラまで身を乗り出したりしてどうしたの。
じゃあエビ以外も……ホタテとイカで良いかな?
「すぐ出来るから待ってね。あとあまり近づくと熱いよ?」
中華って手早く仕上がるから楽で良いよね。
下味をつけた具材と卵を、ご飯と炒めて出汁で味付けするだけだもんね。
で、多分グレンさんは起きたいだろうから良いとして、バレットさんも食べるよねきっと。
ちょっと多めに作って……と。
「はいっかんせーい。バレットさんのもあるから席座って」
人魚とリラとノアとユリカ。それと人魚の隣の席にバレットさん用の皿を置き、それぞれに水の入ったグラスも渡す。
一緒にスープを作っても良かったんだけど、今日はひとまずこれだけで良いかな?
不思議そうにチャーハンを見つめる人魚の横で、迷い無く口にチャーハンを運ぶリラ。その反対側、人魚の横に座ったバレットさんも、少し不思議そうな表情を見せたけど、そのまま気にする様子も無く美味しそうに黙々と口に運び出した。
両サイドの人がそれだけ黙々と食べ進めれば誰だって試してみたくなるよね。
何往復か両サイドを確認した人魚は、再び自分の更に視線を落とすと、遠慮がちに上品に少し口に運んだ。
「あつっ! ん、んー!」
やっぱりちょっと熱かったかな?
一口含み少し涙目になりながらはふはふと口の中の熱い空気を逃がしつつ、どうにか味わっているみたい。
最初の一口を飲み込んだ瞬間、元々可愛らしく整ったその顔に花が咲いたかのように満面の笑みを浮かべると、上品さを残しつつも凄い勢いで食べはじめた。
とりあえず気に入ってくれたのかな?
「ブランお代わりー! エビいっぱいちょうだいねっ」
「リラ食べるの早くない?」
ちゃんと噛んでよ?
「神竜様、凄く美味しいです! この貝の甘みと出汁を吸った、パラパラした味の濃いやつが卵と絡んで大変美味しいです! このエビもぷりぷりとしていて……あぁっ来て良かったです……!」
うん、喜んで貰えて良かったけど、そんなお祈りする程の事でも無いし、何よりその神竜様ってのを止めて貰いたいかな。
「ふふふっ。喜んで貰えたようで。いつでも気軽に来てね……って、そのままじゃ難しいか」
嬉しそうにぱくぱくとチャーハンを口に運んで居るその足下では、鍋に張った水を尾ビレでぱしゃぱしゃと弾き上げていた。
どうにか魔力を受け取ってくれれば良いのに……。
「人魚殿、私の魔力ではどうだ? ブラン殿の力の又貸しになるが」
二杯目のチャーハンを頬張りつつ、久しぶりに声を上げたバレットさんは、指輪型に加工した鍵を撫でながら隣に座る人魚に視線を移す。
魔術師のローブの隙間から、お世辞にも柔らかいとは言えないバレットさんの視線を一身に受けた人魚は、どうして良いか分からず視線でリラに助けを求める。
けど、リラはリラでノアと楽しく食事中だった為その助けを求める視線には気付かなかったみたいだし、ユリカも我関せずといった感じでチャーハンを食べている。
「毎回リラ殿と来れれば良いが、それでは人魚殿が気を使うのでは無いか? ならば力を貰った方が気軽だろうし、ブラン殿達もそれ位造作も無い事の様だと思うが」
うん。
魔力を渡すって言ってもいくらでも生え替わる鱗を渡すだけだし、全く負担にもならない事だよ。
悩む人魚をよそにマイペースに話を続けるバレットさんだったけど、それに……と一度人魚の頭の先からヒレの先まで視線を落とし、改めて人魚の目を見て口を開く。
「それに折角そんなに美しい容姿をしているんだ、足を得て人の街で気に入った服を見つけて着飾ってみたら良い。じゃなきゃ勿体ない。まぁそのままでも十分目を見張る美しさだと思うけどな」
「「なっ……えぇ?」」
言われた本人じゃ無く、思わずリラと僕が変な声を出してしまった。
多分バレットさんの性格的に口説こうとかそんなのじゃ無くて、本当に思った事を言っただけなんだろうけど、真面目な顔でそんな事言うから破壊力が……。
一度リラと視線を合わせてから二人でゆっくりと人魚の顔色を伺う。
「そ、そんな事、はじめて言われました……」
真っ赤。
そうだよね、そりゃ真っ赤になるよね。
と言うか、リラも多分同じ事思ってるだろうけど、ここ居辛い。ものすごく居辛い。
「はじめて? ふむ……皆貴女が美しいから人に見せたく無くないのだろうか?」
いやいや、人魚の言った『はじめて言われた』言葉は『美しい』を指してるんであって、『街へ行け』じゃないんじゃ……しかも、微妙にすれ違ってるけど会話は成り立ってるし。居心地悪いよぉ。
「そ、うでしょうか? あの、あなた様のお名前は……?」
もうダメ。
ちょーっと食材仕入れに行ってきまーす。
きっと近いうちに南方の魔術師協会で噂になるだろうね。




